事例 売却済み

東京唐揚げランド(旧・太陽庵)、5坪の唐揚げ店が500万円で承継。応札6社から選ばれた決め手は「値切らなかったこと」

新宿の約5坪の唐揚げ店が500万円でTRANBI成約。買い手は伝統工芸ECのKAZAANA。応札6社の中から選ばれた理由は「値切らなかったこと」だった。創業3年毎月黒字、売上のほぼ全てがテイクアウトとデリバリー。

執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)

東京唐揚げランド(旧・太陽庵)、5坪の唐揚げ店が500万円で承継。応札6社から選ばれた決め手は「値切らなかったこと」

譲渡額500万円。店舗は新宿にある約5坪、カウンターを中心に5席という小さな唐揚げ店だ。創業3年、毎月黒字。売上のほとんどをテイクアウトとデリバリーが占める。この案件には6社が買い申し込みをしていて、その中から選ばれたのが、日本の伝統工芸品を扱うECプラットフォーム「BECOS」を運営する株式会社KAZAANA(2017年9月設立)だった。

樫村健太郎代表がTRANBIの成約者インタビューで挙げた勝因は、事業計画でも資金力でもない。「第一に、値切らなかったことだと思います。50万や100万円ほど値切ってきた買い手もいると伺ったので」——譲渡額500万円の案件で、50万〜100万円の値引きは提示額の1〜2割にあたる。その1〜2割を取りにいかなかったことが、6社の中で選ばれる理由になった。

小規模M&Aの記事はたいてい「いくらで買ったか」で終わるが、この事例が記録に値するのは、買った後に何が起きたかまで買い手自身が話している点にある。以下の数字と経緯はすべてTRANBIの当該インタビューに載っているものである。

承継までの流れ

時期出来事
2017年9月買い手のKAZAANA設立。伝統工芸品・メイドインジャパン製品のECプラットフォーム「BECOS」を運営(現在7言語対応・収益の柱)
2021年8月M&Aの検討を本格化
2021年8月から約1か月TRANBIで当該案件を発見し、交渉に入る。買い申し込みは自社を含め7社
2021年10月売り手は新業態の店を開業。そちらに集中するため、経営状態の良い既存店を売却する判断
2021年11月契約
2021年12月「東京唐揚げランド」として開店
譲渡額500万円

売り手が手放した理由は、業績不振ではない。新しい業態の店を2021年10月に開き、そちらへ集中するために、黒字の既存店を切り離した。という整理だ。この点は買い手にとって重要で、「立て直し」ではなく「引き継ぎ」の案件になる。

値切らないという交渉

値引き交渉をしないという判断は、一見すると単に高く買っただけに見える。しかし樫村代表の説明を読むと、交渉のテーブルで彼が使ったのは価格ではなく質問だった。売上の構成比、客層、人件費、シフトの組み方。運営の実務に踏み込んだ質問を重ねることで、「本気で引き継ぐつもりがある」という情報を売り手に渡している。

ここには小規模M&Aの構造的な特徴が出ている。売り手が個人または小規模事業者の場合、売却額の最大化だけが目的関数になっていないことが多い。自分が3年育てた店が、買った直後に放置されたり、値段だけ見て買い叩く相手に渡ったりするのは避けたい。50万円の値引きを飲んで相手の熱量が下がるくらいなら、500万円のまま丁寧に引き継いでくれる先に渡す。という選好が働く余地がある。

つまり50万〜100万円という金額は、この案件では「値引き分」ではなく「選ばれる確率」と交換されていた。6社が並ぶ入札状況では、価格を下げる交渉は、勝率を下げる交渉と同義になりうる。承継のマーケティング施策が空振りに終わった学習塾の事例と並べて読むと、承継の成否が価格以外の要素にどれだけ左右されるかが見えてくる。

EC企業が飲食に降りた理由

KAZAANAの本業は伝統工芸品のECだ。そこから食品・飲料に関心が広がり、BECOSでも味噌・醤油・日本酒を扱うようになっていた。飲食店の取得はその延長線上にある。

買い手が語った動機のうち、時間の話が具体的だ。「飲食店の開業後お客様が安定して付くまでに、半年から1年程度は掛かるだろうと思っていました。だからこそ、M&Aならお店をオープンするまでの時間がぐっと短縮できてスタートダッシュが切れます」。ゼロから開業した場合の立ち上がり期間を半年〜1年と見積もり、その期間を買う対価として500万円を置いた、という読み方ができる。

物件面の運も重なった。建物の雨漏りの責任がオーナー側にあったため、床・壁・天井・トイレの内装改修をオーナー負担で実施してもらえている。厨房機器は居抜きのまま引き継いだ。業者からは清掃に高額の見積もりが出ていたが、改修済みの状態で引き渡されたことでこれを回避した。投資回収については「安定した売上があがり続ければ1年半から2年ほどで回収できる」と見積もっている(同社は新規事業で3年での回収を基準にしているという)。

引き継いだ後に効かなかったもの

インタビューの価値は、うまくいかなかった部分を買い手自身が挙げている点にある。

一つは仕入れだ。鶏肉の価格が2倍になり、油も値上がりした。唐揚げ店にとって鶏肉と油は原価の中核で、しかもどちらも買い手側の努力で動かせない外部要因である。5坪の店で価格転嫁の幅は限られる。

もう一つは休業期間の影響だ。承継の前後で約半年間、店が休業状態になっていた。その結果、以前の常連客に「潰れてしまったのか」と受け取られてしまい、開店後の売上は「以前ほどはあがっていません」という。既存客という資産を買ったつもりが、休業のあいだにその資産が目減りしていた形になる。同じ構図は5か月の閉店期間を挟んで承継したコーヒースタンドの事例にも現れている。飲食の承継では、譲渡日そのものより「店が閉まっていた日数」のほうが売上に効くという示唆になる。

なお買い手は、開店を12月にしたい意向を持ちながら、売り手との関係を保つために11月契約を受け入れている。譲渡日をめぐる譲歩が、結果として休業期間の設計にも関わっていた。

500万円が利益の何年分かは、記録の外にある

売上高・利益額・客単価はインタビューに出てこない。「創業3年、毎月黒字」という定性的な情報までで、500万円という価格が利益の何年分にあたるのかは外部から計算できない。また2021年1〜2月の売上が「爆発的」だったのはGo To Eatの影響で、当時の売上水準はコロナ禍の政策と分かちがたい。買い手が投資回収の前提に置いた「安定した売上」がその水準を指すのかどうかも判別できない。

出典が買い手側の1本のインタビューだけである点も明記しておく。売り手側の視点、たとえば500万円という価格をどう決めたのか、他の6社の条件はどうだったのかは、この記録からは確認できない。

編集部の見立て

500万円という金額は、売却事例のなかでは小さい部類に入る。しかしこの案件が示しているのは価格の大小ではなく、小規模M&Aにおける「値段以外の変数」の重さだ。応札7社という競争のなかで、勝敗を分けたのは提示額ではなく、運営の実務を聞き込む姿勢だった。

同時に、承継後に効いてきたのは仕入れ価格と休業日数という、契約書には書かれない項目である。テイクアウト唐揚げ業態の開業費用を実額で公開した事例と読み比べると、ゼロから作る場合と買う場合で、どこにコストが移動しているのかが見えやすい。

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