事例 売却済み

千里浜のEVバイクレンタル、希望380万円が272万円で成約。年間固定費50万円で回る小さな観光業の経済性

コロナ禍の入口に開業した千里浜なぎさドライブウェイのEVバイクレンタルが、希望380万円から272万円で成約。月額店舗代3〜4万円・年間固定費約50万円という小さな観光業の経済性を買い手側の記録から追う。

執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)

千里浜のEVバイクレンタル、希望380万円が272万円で成約。年間固定費50万円で回る小さな観光業の経済性

石川県羽咋市、金沢から車で40分。千里浜なぎさドライブウェイは、日本で唯一、車で砂浜を走れる公道として知られる観光地だ。その海岸で電動バイクを観光客に貸し出す事業が、TRANBI経由で272万円の譲渡額で成約した。売り手の希望額は380万円だったから、約108万円、率にして約28%の差がついたことになる。

この案件の記録が面白いのは、価格の決まり方が読み取れる点にある。買い手側は、同じ設備を自分で一から揃えた場合のコストを200〜250万円と試算していた。つまり272万円という価格は、「機材を買う」だけなら200〜250万円で済むところに、立地と実績と引き継ぎの分として20〜70万円を上乗せした水準として位置づけられる。承継の値付けが何と比較されているかが、はっきり見える事例だ。

もう一つの数字は固定費だ。月額の店舗代が3〜4万円、年間の固定費は約50万円程度。この軽さが、季節性の強い観光業をどう成立させているのかを以下で見ていく。数字はすべてTRANBIの成約者インタビューに載っているものである。なお同インタビューの語り手は買い手本人ではなく、交渉を代行した買い手側アドバイザーの小椋氏である点に留意されたい。

案件の輪郭

項目内容
事業内容千里浜なぎさドライブウェイでのEVバイクレンタル。じゃらん等の予約サイトとYouTube経由で予約を受ける
所在地石川県羽咋市(金沢から車で40分)
売り手の希望額380万円
成約額272万円
買い手の設備調達試算200〜250万円
月額店舗代3〜4万円
年間固定費約50万円程度
買い手葛西伸彦氏(株式会社西伸、2021年2月設立)。前職は岐阜県の病院事務長
交渉時期2021年4〜5月
引き継ぎ条件売り手が譲渡後1年間サポートを提供
引き継ぎ後の状況緊急事態宣言下は土日に1組程度。それ以外の時期は想定以上の盛況

売り手はコロナ感染拡大の入口とほぼ同時期に事業を開始している。観光業を立ち上げた直後に観光需要が消える、という最悪のタイミングを引いた事業だった。

年間固定費50万円という設計

この事例で最も再利用価値のある数字は、価格でも売上でもなく固定費だ。年間約50万円。月に均せば4万円強である。

固定費が低いということは、損益分岐点が低いということだ。観光地のレンタル業は需要が季節と天候に強く縛られる。夏と週末に集中し、冬と平日はほぼ動かない。閑散期に赤字が積み上がる速度が「月4万円強」で止まっているなら、繁忙期の売上で年間を通した黒字にできる可能性が残る。逆に、人を雇い、大きな店舗を借り、在庫を持つ設計にした瞬間、同じ需要曲線では耐えられなくなる。

引き継ぎ後の実績にもこの構造が出ている。緊急事態宣言下の週末は「1組程度」。もし固定費が月30万円なら、この期間だけで事業が終わっていた可能性が高い。2店舗を29か月運営して損失に終わったレンタルスペースの事例と対比すると、同じ「場所を貸す」事業でも、固定費の水準が生存期間そのものを決めていることが分かる。

さらに、EVバイクは在庫として腐らない。飲食のように廃棄が出ず、稼働しない日のコストは減価償却と保管だけになる。272万円という価格の大半が「腐らない資産」に対応しているのも、この事業の性質を表している。

380万円が272万円になった交渉

値引き幅の約108万円は、感情ではなく代替コストで説明できる。買い手側は、同等の設備を新規に調達すれば200〜250万円と見積もっていた。この数字が交渉の床になる。売り手の希望380万円は、その床に対して130〜180万円の上乗せを求める価格だった。

一方で、買い手が承継を選んだ理由は設備そのものではない。千里浜なぎさドライブウェイという立地は複製できないし、予約サイトでの掲載実績や運営の勘所も新規参入では持てない。そして契約には、売り手が譲渡後1年間サポートを提供するという条件が付いている。前職が病院事務長で観光業の経験がない買い手にとって、この1年は設備よりも重い価値を持つ。

小椋氏は売り手について「売り手の方の人柄にはとても信頼が置けました。とても正直かつ誠実な方」と述べている。1年間の伴走を条件に入れる取引では、相手の誠実さが履行リスクそのものになるため、この評価は情緒的な感想ではなく取引条件の一部として読むべきだろう。同じくTRANBIを使って複数の事業を取得した3件の事業買収を重ねた事例でも、承継後の関係設計が取得判断を左右している。

参入障壁が「非常に低い」という自己認識

この事例で最も率直なのは、買い手側がリスクを言い切っている点だ。「参入障壁が非常に低いビジネスであるため、もちろん競合参入リスクはあります」。

実際、EVバイクを仕入れて海岸沿いに置き、予約サイトに掲載するという事業に、技術的な参入障壁はほぼ無い。買い手側が示した対抗策は「小さな池を独占して大きなメリットを得る」という考え方で、市場の絶対的な小ささを守りに使う戦略である。千里浜という限られた立地で先に面を押さえ、後発が入ってきても分け合う相手が少ない状態を作る、という発想になる。

構想として挙げられているのは、海岸の淵にEVバイクを並べて視認性を上げること、返却の利便性と営業箇所を増やすための反対側への2号店、地元高齢者向けの安価なレンタル、来夏のかき氷販売(食品衛生法の許可取得予定)などだ。羽咋市長の視察も受けている。

ただしアドバイザーが述べている「今の売上の3倍は見込めそう」は見込みであって実績ではない。この記事の時点で、承継後に実際いくらの売上になったかは公開されていない。また想定外だったのは客層で、東京から来る60代以上の単身客が多かったという。買い手側はテレビ番組でEVバイクが取り上げられた影響の可能性を挙げているが、これも推測として語られている。

272万円は、緊急事態宣言下の需要の底で決まった

交渉時期は2021年4〜5月で、緊急事態宣言下という需要の底で価格が決まっている。同じ事業を平時に売買すれば、380万円との差はもっと小さかった可能性がある。この272万円は、コロナ禍の観光需要という特殊な条件下での価格であることを外して読むべきではない。

出典が買い手側アドバイザー1名のインタビューである点も重要だ。売り手が380万円をどう算出したのか、他に検討していた買い手がいたのかは分からない。そしてこの事例は売上・利益の実数を一切公開していないため、272万円が利益の何年分なのかは計算できない。年間固定費50万円という情報は費用側だけで、収益側の裏付けがない。したがって「回収まで何年か」を外部から判断することはできない。

編集部の見立て

観光地の小さなレンタル業という業態は、売上の上限が立地の集客力で決まってしまう。だから伸ばす戦略は「単価を上げる」か「営業箇所を増やす」に限られ、実際に買い手の構想も2号店と客層の追加に向かっている。

その制約の裏返しとして、この事業には固定費を極限まで削れるという強みがある。年50万円という水準は、観光地の宿を承継した事例のような建物を伴う承継とは比較にならないほど軽い。個人が観光業に入る入口として、機材だけを買う形の承継が現実的な選択肢になりうることを、この272万円は示している。

この記事、スゴいと思ったら

近い規模・近い業種の事例

よく読まれている記事

  1. 1

    プログラミング学習開始から5年で年461万円。教育系アプリ個人開発、3年分の損益と打ち手の全記録

    直近33人が訪問
  2. 2

    Payout、14日で「バイブコーディング」した集団訴訟アプリが9ヶ月でARR $1,003,227。開発費は約$10、伸ばしたのはフォロワー1,000万人の相棒

    直近32人が訪問
  3. 3

    Easy Folders、Chrome拡張1本で6ヶ月MRR $3,700・累計$42,000。「穴を埋める」収益構造

    直近24人が訪問
  4. 4

    Starter Story、月$91.7Kの起業事例メディアがHubSpotに買収された。「買収すべき」と自分でツイートしてから数ヶ月

    直近24人が訪問
  5. 5

    売上30円から8年。アプリ3本を並行運営して月20万円に届いた個人開発の記録

    直近21人が訪問

新着記事

この記事は、出典として「Small Start(small-start.com)」の明記と本ページへのリンクがあれば、ニュース・ブログ・生成AIの回答などで自由に引用・転載できます(事前連絡は不要です)。 転載・引用について →
この記事が参考になったら、シェアで応援
Xでシェア