事例 売却済み

顧客1,500人・スタッフ10名のネイルサロンを200万円で承継。行政書士が最優先にした条件

補助金申請代行で独立した行政書士が、三重県のネイルサロンを200万円で譲受。顧客1,500人以上・スタッフ10名の店舗で、譲受条件の最優先は「従業員の引き継ぎ」。現地へ3回通い全員と個別面談した結果、承継3カ月目の収支は黒字。

執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)

顧客1,500人・スタッフ10名のネイルサロンを200万円で承継。行政書士が最優先にした条件

売却額200万円は、売却額を公開している掲載40件のうち下から17%。掲載全体の売却額中央値は3,750万円です(データ集計)。

200万円で何を買ったのか

三重県のネイルサロンが200万円でTRANBIに出ていた。譲り受けたのは、行政書士として補助金申請代行を手がけるIさんである。買ったものを分解すると、施術デスク5席とフット5席、マシン、ジェル、ネイルサンプル一式という有形物と、1,500人以上の顧客名簿、そしてそこで働くスタッフだった。

項目内容
買収金額200万円
設定予算約300万円(運転資金を含め500万円程度を想定)
所在地三重県
店舗の営業年数開業から2年程度
顧客基盤1,500人以上(リピーター層が厚い)
設備施術デスク5席・フット5席、マシン、ジェル、サンプル一式
承継後のスタッフ計10名(ネイル8名・アイラッシュ2名、全員主婦)
交渉期間申し込みから2カ月で成約
集客チャネルホットペッパービューティー、Instagram、LINE
承継後の収支3月時点で黒字。4月からアイラッシュ再開

予算は約300万円に設定し、買収後の運転資金まで含めて500万円程度を想定していた。200万円という着地は、その枠のなかで運転資金に厚みを残せる金額である。

補助金一本足からの分散として

Iさんの経歴は、国家公務員から始まる。その後コンサルティングファームへ移ってM&A業務を経験し、行政書士資格を取って独立した。最初の仕事はクラウドソーシング経由の補助金申請代行である。実績が積み上がると単価交渉ができるようになり、紹介も増えた。多いときには月収が1,000万円を超えたと語られている。2021年には会社も設立している。

それでも本人の危機感は消えなかった。補助金申請代行は、国や地方自治体の制度の上に成り立つ商売である。制度そのものが縮小・廃止されれば、実力と無関係に売上が消える。この一本足を崩すために選んだのが事業承継だった。理由は明快で、新規にゼロから立ち上げるより、M&Aで既にあるものを買うほうが時間も費用も抑えられるという計算である。

立地に三重県を選んだのは、地縁があったからではない。競合が密集する都心では、独自の価値で明確に差別化できない限り事業の継続が難しい。逆に競合の少ない地方なら集客がしやすく、継続的に売上を上げられる見込みが高い。そう判断して、地方案件であること自体を差別化要素として扱った。実際、この店舗はホットペッパービューティーのページビューが地域の同業店と比べてかなり多く、価格帯も安価に設定されていた。すでに地域の検索面を取っている状態を買った形になる。

決め手になった一つの条件

この譲受で最優先に置かれた条件は、金額でも立地でもなく「従業員の引き継ぎができること」だった。ここが転機である。

理由は身も蓋もない。Iさん自身はネイルの施術ができない。オーナーが現場に立てない以上、スタッフが残らなければ200万円で買ったものは中古の設備一式と、施術する人のいない顧客名簿に変わってしまう。だから契約前に、Iさんは関東から三重へ3回ほど足を運び、スタッフ一人ひとりと引き継ぎの了承を得るための面談を行った。売り手側も事前に従業員へ丁寧に説明していたため、面談はスムーズに進んでいる。

結果として、承継後のスタッフは業務委託を含めてネイル8名、アイラッシュ2名の計10名。全員が主婦で、家庭と両立しながら働いている。人が残ったことで、前オーナーの時代に提供していたアイラッシュのサービスを4月から再開でき、3月時点の収支はすでに黒字になった。軌道に乗れば安定的に黒字になる見込み、というのが取材時点の見立てである。

交渉が2カ月で終わった理由も、この延長線上にある。売り手は経営管理がしっかりしており、貸借対照表や試算表をリクエストするとすぐに送ってきた。数字が即座に出てくる売り手は、従業員への説明も先回りしてできる。売り手の管理能力が、価格ではなく交渉速度と資産の保全度合いを決めていた。

効いた構造を分解する

サロン業の資産は、設備でも内装でもなく「顧客 × それを担当する人」である。ネイルは施術者に指名がつく商売で、顧客は店舗ではなく担当者に紐づく。したがってスタッフが抜ければ、1,500人の名簿は名簿のままで売上に変換されない。買収価格200万円の裏付けは、実質的に人だった。

Iさんが施術できないことは、一見すると弱点だが、役割分担としてはむしろ明確に働いている。本人が注力するのはスタッフの管理、コストの管理、集客であり、現場の技術には手を出さない。オーナーが現場労働に吸い込まれないため、本業の補助金業務と並行できる。「自分が現場に出なくても収益が上がる事業はたくさんある」という本人の言葉は、この設計を指している。

コミュニケーションの取り方も設計の一部だ。週1回ほど関東から三重まで足を運び、「調子はどう?」と声を掛けたり面談を行ったりしている。初期段階で「やりたいことがあれば積極的に提案してほしい」と伝え、提案が出る前提の関係を作りにいった。給与体系も、現行の時給プラス指名歩合から、主体的に提案したスタッフにさらに歩合を乗せる仕組みへ組み替えることを検討している。新規採用でも「やりたいことをどんどん提案してくれる人に働いてほしい」という意向を伝え、モチベーションの高い人が集まる環境づくりを狙う。

うまくいっていない部分

その提案文化への転換は、まだ完了していない。スタッフの多くは「これまでの環境が自分に合っていたからこそ働き続けていた」層であり、現状維持で十分と考える人もいる。Iさん自身、いきなり大きな変化を持ち込んだり「こうしなさい」と強制したりしても良い方向には進まないと認識しており、そこを経営者としての葛藤だと述べている。人が残ったことが最大の成果である以上、その人たちを動かす速度は上げにくい。買収直後の改革が構造的に抑制されるトレードオフである。

コストも見えている。週1回の関東〜三重の往復は、金額としても時間としても軽くない。集客はホットペッパー、Instagram、LINEに依存しており、他チャネルの開拓は検討段階にとどまる。掲載媒体のページビューが強いことは買った時点の強みだが、同じ媒体の中で競合が費用を積めば順位は動く。

そもそもの動機がリスク分散だった点も、冷静に見ておく必要がある。ネイルは生活必需ではない。本人も「なくても生活には支障がないけれど、心の豊かさには繋がる」サービスだと表現している。補助金という制度依存のリスクを、景気感応度の高い消費に分散した形であり、無相関の資産を手に入れたわけではない。

何が移植でき、何が移植できないか

移植できるのは、絞り込みの軸の置き方である。予算やエリアより先に「従業員が残ること」という一点を最優先条件に据え、それを満たさない案件を落とす。オーナーが現場作業をできない業種を買うなら、この順序は誰にでも適用できる。契約前に全従業員と個別面談する手順も同じだ。

定量チェックの視点も真似できる。この案件では、掲載媒体のページビューを地域の同業店と比較している。顧客名簿の数だけでなく、新規流入の面をすでに取れているかを媒体側の数字で確かめる作業である。

移植できないのは、原資と経歴だ。月収1,000万円に達した時期がある本業の余剰資金があるからこそ、200万円の買収に加えて運転資金500万円規模を見込める。コンサルティングファームでのM&A実務経験と行政書士としての書類耐性は、2カ月成約という速度を支えた土台であり、初めて事業を買う人が同じ速さで進めるとは限らない。さらに、経営管理が行き届き試算表を即出せる売り手に当たったこと自体が、小規模M&Aではむしろ幸運の側に属する。

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出典

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