事例 売却済み

社員2名のマーケ会社がコーヒースタンドを買収。採用前に決断し、5ヶ月休業した

毎年約150%成長する社員2名のデジタルマーケ会社Ansatzが、日本橋のディカフェ専門コーヒースタンド「de.coffee roasters」を買収。スタッフ採用前に決断したため約5ヶ月休業したが、再開後の売上は買収前とほぼ同等に戻った。

執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)

社員2名のマーケ会社がコーヒースタンドを買収。採用前に決断し、5ヶ月休業した

M&Aの成功事例インタビューで、買い手が自分の判断ミスをここまで具体的に語る例は珍しい。デューデリジェンスを実施しなかったこと、弁護士への相談が遅れたこと、そして店を任せるスタッフを採用する前に買ってしまい、結果として約5ヶ月間店を閉じたままにしたこと。株式会社Ansatzの代表・古賀氏はそのすべてを言葉にしている。譲渡金額は非公開だが、意思決定の順序が業績にどう跳ね返るかを見るには十分な材料が揃っている。

買い手と対象事業

項目内容
買い手株式会社Ansatz(2021年創業、デジタルマーケティング支援)。社員は代表を含め2名
買い手の業績既存の人脈・紹介経由の案件に恵まれ、**毎年約150%**の事業成長
対象事業de.coffee roasters(東京都中央区日本橋、2021年7月開店)
業態ディカフェ専門のコーヒースタンド。テイクアウトが基本、軒先のベンチで飲食可
特徴カフェインを抜いた生豆を仕入れ、自家焙煎
選定基準業態は絞らず「改善余地がある」×「固定費がなるべく掛からない」
買収実行12月(スタッフ未採用のまま決断)
休業期間買収から再開まで約5ヶ月、店は準備状態
再開翌5月にリニューアルオープン
再開後の売上交渉時に売り手から聞いていた水準とほぼ同等

インタビューは2024年8月に公開されており、「5月のリニューアルオープン以降」の状況が語られていることから、買収は2023年12月、再開は2024年5月とみられる。譲渡金額と店舗の売上規模はいずれも公表されていない。古賀氏自身が「売上はまだまだ事業と呼べるほどのサイズ感ではありません」と述べている。

なぜマーケティング会社がコーヒースタンドを買ったのか

古賀氏はデジタルマーケティングのベンダーからキャリアを始め、転職後は営業、インサイドセールス、カスタマーサクセス、事業開発とビジネスサイド全般を経験した。30歳を超えたタイミングとコロナ禍が重なり、「もし失敗したとしても、まだやり直しが可能な年齢だな」と考えて2021年にAnsatzを創業している。

買収の動機は二層ある。表層の理由は、マーケティング支援の顧客にローカルビジネスを展開する企業がいるため、自分で店を回した経験が本業の理解に直結するというものだ。より深い理由は経営哲学の側にある。「事業や組織の急成長を目指すようなスタートアップ的な戦い方は、自分たちには合っていないと感じていました」。周囲の悩みを抱えた人や企業の課題解決を手伝いながらできるだけ長く続ける。そのスタイルが「地域に根付いて愛され、長く続くお店を作るローカルビジネスと似ている感覚」だと感じたという。

案件の条件は業態を絞らず、改善余地と低固定費の二軸。コーヒースタンドは家賃が発生するが、安く抑えられていたため検討対象になった。

決定的だったのは「採用より先に買った」という順序

この事例の転機は、買収の成立そのものではない。買うと決めた時点でスタッフが一人も確保できていなかった、という判断である。

売り手は自ら店に立っていた。古賀氏は本業があるため店には立てない。つまり承継の瞬間に、店を回す人間がゼロになる構造だった。それを承知のうえで彼は「素早く決断して動くことを大事にしたのもあって、『きっと何とかなるだろう』という思いで、採用をする前に購入を決断したんです」と語る。

結果は明確な数字として出た。12月に購入してから再オープンする5月まで、店はずっと準備状態のままだった。約5ヶ月の営業停止である。原因も本人が特定している。「私は飲食業界の経験者ではないため、『どのようなスキルセットの人を採用すれば、お店を任せられるのか』がわからず、採用活動に移るアクションが遅れてしまったのです」。

前後で何が失われ、何が失われなかったのかを分けて見る必要がある。失われたのは5ヶ月分の売上と、その間も発生し続けた家賃である。失われなかったのは事業価値そのものだ。再開後の売上は、交渉時に売り手から聞いていた水準とほぼ同等に戻っている。

5ヶ月閉めても客が戻った理由

売上が戻ったこと自体を「運が良かった」で済ませると学びがない。復元が効いた条件は三つに分解できる。

何といっても、業態の代替可能性が低い。ディカフェ専門であり、カフェインを摂れない客(コーヒーにアレルギーのある人、カフェインが苦手な人、妊婦)にとって近隣に同等の選択肢が多いとは考えにくい。代替が容易な商圏なら、5ヶ月の空白で顧客は他店に移り、そのまま戻らない。ニッチであることが休業耐性として働いた。

味を変えなかったことも効いた。メニューは基本的に売り手のレシピを引き継いでおり、新メニュー(アフォガードやマンゴーパンナコッタジュースなど)は夏に向けた追加として乗せている。古賀氏は交渉段階で「思いを引き継ぎつつ、これまで売り手様が築かれてきたものをベースに運営をしていきたい」と伝えており、実際にそのとおり運用した。「またオープンしたんだね」「スタッフさんが変わったのね」と認識しつつ通い続ける客がいたのは、店の同一性が保たれていたからだ。

そのうえで、買い手が売り手の持っていなかった能力を足した。Webサイトを刷新して「どんなお店なのか」が誰にでも伝わる内容に変え、本格的な撮影で写真を入れ替え、プレスリリースを出して取材につなげた。個人経営のコーヒースタンドが最も持ちにくいのがこの発見の導線であり、デジタルマーケティング会社にとっては本業そのものである。買収対象を「自社の強みが直接効く領域」から選んだことの効果がここに出ている。

そして採用は、最終的に求人媒体ではなく仕事仲間の紹介で解決した。「今度コーヒースタンドを始める予定で」と話していたところ、カフェでアルバイトをしている女性を紹介された。「ゆくゆくは自分の店を持ちたい」という本人の志向を確認したうえで採用し、「自分の好きなように店を運営していいから」と裁量ごと託している。現在は彼女が一人で店を運営し、古賀氏は週1回ほど顔を出す体制だ。オーナーが店頭に立たない小型店舗を成り立たせるには、監督ではなく裁量の委譲が要る、という構造がここに表れている。

本人が反省として挙げていること

古賀氏は交渉自体はスムーズだったとしつつ、二点を明確な反省として語っている。ひとつは顧問弁護士への相談タイミングが遅れ、契約書の作成を急ピッチで進めることになったこと。もうひとつはデューデリジェンスを行わなかったことだ。「案件の金額感がそれほど大きくなかったこともあって、特にデューデリジェンスなども行わずに購入を決断したのですが、本来なら資産の内容などをしっかり確認して、金額が妥当かを判断するようなプロセスを踏んだり、リスク管理を行ったりといった過程をしっかりとすべきなのだろうと思います」。

小さい取引だから調べなくていい、という判断は、金額のリスクは下げても時間のリスクは下げない。実際にこの案件で最も高くついたのは買収価格ではなく、5ヶ月の空白だった。

再現できる部分と、できない部分

再現できるのは設計の考え方だ。固定費の低さで案件をふるいにかけること。自社の既存能力が直接効く領域を買うこと。売り手と価値観が近いことを条件に置くこと、古賀氏は「自分の価値観と売り手様の価値観が遠すぎるM&Aは、しない方がいいのかなと思います」と述べ、金額の小さいM&Aほど、事業に込めた思いや変えてほしくないことを聞き出して自分の考えと擦り合わせるプロセスが重要だと指摘している。そして店長に裁量を渡して不在運営を成立させること。

再現しにくいのは、まず紹介で適任の店長が見つかったことだ。これは古賀氏自身が採用の失敗を認めている領域であり、運の要素が大きい。次に、5ヶ月の無収入に耐えられたのは本業のデジタルマーケティング事業が毎年約150%で成長していたからで、この案件単体を生活の糧にしていたら同じ判断はできない。日本橋という立地とディカフェ専門というニッチも、探して見つかるとは限らない。今後の展望として挙がっている豆の定期便も、「規約の策定や配送体制など考えなければならないことも多く、まだ十分に時間を割いて考えられていない」段階にとどまっている。

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出典

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