30年続いた完全予約制の眼鏡店を承継。仲介担当者の急逝を挟み、相談から成約まで3年8ヶ月
岐阜県多治見市で30年続いた完全予約制の眼鏡店が、長野県上田市で3店舗を営む株式会社ミモトへ事業譲渡された。2020年11月の相談開始後、ノンネームDB経由の候補3社は不成立、2022年には仲介担当者が急逝。バトンズへの切替を経て成約は2024年7月。譲渡額は非公開。
執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)
譲渡額が非公開の承継事例は、数字が薄いぶん読み飛ばされやすい。だがこの案件で公開されているのは、金額よりも実務的に重い情報である——相談開始から成約まで3年8ヶ月という所要時間と、その間に相手探しのルートが三度切り替わったという経緯だ。岐阜県多治見市で30年続いた眼鏡店「多治見眼鏡」が、長野県上田市の株式会社ミモトへ事業を引き継いだ記録を、時系列で分解する。
承継までに起きたこと
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 平敏信氏 20歳 | 「いずれは多治見で自分の店を持ちたい」と決意。メガネ専門学校在学中から家庭教師・バーテンダー・ショッピングモール清掃で開業資金を貯める |
| 平氏 30歳 | 眼鏡店勤務を経て多治見市中心地で独立開業 |
| 2020年11月 | 岐阜県事業承継・引継ぎ支援センターのDMをきっかけに相談開始 |
| その後 | センターがノンネームデータベース(NNDB)で買手候補を発掘。3社と交渉するもいずれも不成立 |
| 続いて | マッチングコーディネーターである個人の仲介会社へ引き継ぎ |
| 2022年 | その仲介担当者が急逝。進め方の大幅な変更を余儀なくされ、急遽バトンズが新たな仲介者として紹介される |
| 2024年7月 | バトンズ経由で紹介された株式会社ミモトへ事業譲渡が成立(業歴30年) |
| 2024年9月1日 | リニューアルオープン予定 |
大手が来ても客が減らなかった店
多治見眼鏡の強みは、記事中で一貫して「検眼」と「完全予約制」に集約されている。平氏は顧客一人ひとりに時間をかけて目の検査を行い、その人に合った眼鏡を作ることを経営の中核に据えた。立地は多治見市の中心地、陶器商の大家が持つビルの一室で、買い物帰りに立ち寄る40代後半以降のファミリー層が主要顧客層である。
注目したいのは、大手眼鏡チェーンが商圏に進出した後も顧客が離れなかったという点だ。眼鏡小売は、価格とスピードで戦えば資本力のある側が有利になる。多治見眼鏡はその土俵に乗らず、予約を取ってもらってから時間をかけるという逆方向の設計を選んだ。結果として顧客単価の高さが強みとして残った。個人店が大手と同じ商圏で30年生き残るための条件が、この一点に凝縮されている。
引退の決断と、相手が見つからなかった3年
平氏が引退を考え始めたのは50代に差し掛かった頃だ。30代から40代の20年間を「朝から夜まで相当働いた」と振り返り、「50代になってからは仕事量を少しずつ減らして、もうそろそろ引退したいと思うようになりました」と語っている。ここで単純に閉店を選ばなかった理由は、長年の顧客と従業員への影響を懸念したためだった。
問題は、決断してからが長かったことである。2020年11月に岐阜県事業承継・引継ぎ支援センターへ相談したものの、NNDBから発掘された3社との交渉はいずれも成立しなかった。平氏自身が理由を明確に述べている。「この仕事は、検眼をするにも眼鏡を調整するにも、どうしてもお客様との距離が近くなります。そのため、コロナ禍の営業は非常に苦労しました。どこの眼鏡屋さんも自分のお店の経営で精一杯で、新たにM&Aでお店を譲り受けようという雰囲気はない時期だったので、お相手を見つけるのに時間がかかりました」。
売り手の商品性が悪かったのではなく、同業の買い手側に買う余力がない時期に売りに出た。これが3年を要した第一の要因である。市場のタイミングは売り手が選べない。
潮目が変わったのは、担当者を失った2022年
軌道が変わった瞬間は、皮肉なことに事故のような出来事だった。個人の仲介会社に引き継がれていた案件は、2022年にその担当者が急逝したことで宙に浮く。岐阜県事業承継・引継ぎ支援センター統括責任者の古川真一郎氏は、これまでの進め方が「大きく変更することを余儀なくされた」と述べている。そこで急遽紹介されたのがバトンズだった。
そしてバトンズ経由で紹介されたのが、長野県上田市の株式会社ミモトである。宮本貴史氏は事前にバトンズへ事業探しの登録をしており、両者のマッチングが実現。古川氏いわく、その後は「お話が順調に進んだ」。
ここで効いた構造は明快だ。県のセンターが持つNNDBは、地域の限られた候補プールに対する照合である。一方バトンズは、買い手が能動的に登録して探している全国規模のプールだ。多治見眼鏡を買ったのは岐阜の同業ではなく、長野県上田市の会社だった。担当者の急逝という不可抗力がなければこの切替は起きず、成約もなかった可能性が高い。転機の中身は「粘り強く交渉した」ことではなく、候補プールそのものを地域限定から全国に入れ替えたことである。
買い手が欲しかったのは店ではなく「予約制のノウハウ」
宮本氏の動機は、店舗数の足し算ではなかった。「多治見眼鏡さんの一番の魅力は、この30年間、予約制で経営を続けてこられたことです。弊社でも予約制にチャレンジしてみたことがあるのですが、なかなかうまくいかず。『どういうふうにやったら上手くいくんだろう?』と興味を持ったのが最初のきっかけでした」。
つまり買収対象は、岐阜県多治見市の店舗と顧客だけではなく、自社で試して失敗した運営方式が30年動き続けている実物だった。宮本氏自身は大学卒業後に住宅メーカーへ4年勤務し、父の勧めで27歳でミモトに転職、2020年12月に32歳で代表就任という経歴を持つ。社長就任時に「一年に一度は新しいことにチャレンジしよう」と決め、2023年に上田市内へ新店を出した次の一手がM&Aだった。譲受後については「平さんの培ってきた多治見眼鏡のノウハウを他店舗にも生かしつつ」と述べており、狙いが横展開にあることを明言している。
売り手側の選定基準も噛み合っていた。平氏は「安定した経営をしてもらうには、眼鏡店を運営している法人に買ってもらうのが良いと思っていた」と述べ、面談後に「ぜひこのまま進んだらいいなと切に思いました」と語っている。個人の脱サラ組ではなく同業法人を望む売り手と、ノウハウ目的の同業法人。買い手が「安く手に入る店舗」ではなく「学びたい運営方式」を探していたことが、この組み合わせの成立要因である。
見落とせない限界
宮本氏は、先代の頃も多店舗展開に挑戦したが「なかなか従業員がついてこないことが課題でした」と課題を認めている。予約制のノウハウを手に入れても、それを実行する人材が育たなければ横展開は進まない。買収は答えの半分でしかない。
また、平氏が独立に至るまでの積み上げ(20歳での決意、専門学校在学中のアルバイトによる資金づくり、勤務を通じた技術習得を経て30歳で開業)は、承継する側がコピーできる部分ではない。多治見眼鏡の価値の相当部分は、平氏個人の検眼技術と人柄に紐づいている。宮本氏も「本当に人柄がよく、多くのお客様がファンになってきたことが納得できた」と評している。人柄が資産の中核である事業を承継するとき、その資産は引き渡しの瞬間に一部が目減りする。
何が真似でき、何が真似できないか
真似できるのは、相手が見つからないときに探索チャネルを替えるという発想だ。地域の支援センターとNNDBで3社が不成立だった案件が、全国のマッチングプラットフォームに移した途端に決まった。同じ案件でも、候補が集まっている場所が違えば結果は変わる。承継の相談は「一度どこかに出したら終わり」ではない。
真似できないのは、30年かけて作った顧客との関係と、コロナ禍という時期の巡り合わせである。特にタイミングは制御不能だ。平氏の証言が示すのは、同業への売却は同業の景気に左右されるという単純だが見落とされやすい事実である。承継を考えるなら、買い手候補の業界が体力のあるうちに動き出すほうが有利になる。
なお平氏は現在、「これからは憧れのリタイアライフですね。カナダやニュージーランドに知り合いがいるものですから、ゆっくりそちらへ遊びに行ってみたいなと思っています」と語っている。3年8ヶ月は長いが、閉店という選択と比べたときの差は、顧客・従業員・そして本人の引退後の風景すべてに及んでいる。
あわせて読みたい
- 大学院生が就職を機にプログラミングスクールを譲渡 — 同じくバトンズ経由。問い合わせ約20件から4社面談という、買い手プールの厚さが効いた事例
- レンタルスペースを月商750万円まで育てた事例 — 小規模オフラインビジネスの数字の作り方を比較したい人向け
出典
本記事は上記の公開情報の要約と独自分析です。 詳細は必ず出典をご確認ください。
この記事は、出典として「Small Start(small-start.com)」の明記と本ページへのリンクがあれば、ニュース・ブログ・生成AIの回答などで自由に引用・転載できます(事前連絡は不要です)。 転載・引用について →
近い規模・近い業種の事例
よく読まれている記事
新着記事
- 2026年9月1日
CyberLeads、19個の失敗の次に31日で作った「調達企業リスト販売」が月$53.7K。無料ニュースレターが営業装置
- 2026年9月1日
サウナイキタイ、趣味で始めた検索サイトが2期目売上約7,288万円。社員ゼロ・月370円「定員制サブスク」の設計
- 2026年8月31日
SEObot、AIが記事を書くSaaSがMRR $46K・累計$1.8M。数字の出どころはStripe連携の公開ダッシュボード
- 2026年8月31日
Feather、「Notionで書いてブログにする」SaaSを創業2年・$250Kで売却。買い手はTweet Hunterを売ったTibo
- 2026年8月27日
GummySearch、MRR $35Kの黒字のまま閉鎖を選んだRedditリサーチSaaS。API商用ライセンスが取れなかった4年



