コラム

宣伝費2万円で32本、広告費ゼロで2000万本。Steamで効いていたのは宣伝ではなかった

Steamで売った掲載事例のうち、宣伝費を金額で公開した1本は発売1ヶ月で32本、売上の上限が宣伝費を下回った。広告費もサーバー費もゼロの1本は63日で2000万本。並べ替えると、投じた額ではなく「他人がプレイしている画面を見せたときに買いたくなるか」で分かれていた。

執筆: Small Start 編集部
宣伝費2万円で32本、広告費ゼロで2000万本。Steamで効いていたのは宣伝ではなかった

宣伝費を金額で公開した事例が1本ある。源氏リーインカーネイションは、約3年かけて作ったビジュアルノベルを500円でSteamに出し、発売1ヶ月の販売本数は32本だった。返品1本を引いて実質31本。Steamは売上$100から送金するので、口座には1円も入っていない。

32本だけを見れば原因は宣伝不足に見える。ところが公開された記録はそう言っていない。プレスリリース10件、トップページ広告25,200インプレッション、インフルエンサーへのキー配布で有効化24本、キャラクターPV。個人で打てる手はひと通り打たれていて、金額が出ている施策だけで約2万円かかっている。店頭価格で計算した売上の上限15,500円より、宣伝費のほうが大きい。

同じ棚の反対の端に、広告費をまったく使っていない事例がある。並べ替えてみたら、投じた額の順序と結果の順序が逆を向いていた。

同じ棚で、公開されている投入額と結果を並べる

作品公開されている投入額期間結果
源氏リーインカーネイション宣伝費 約2万円・制作3年発売1ヶ月32本・入金ゼロ
kan.kikuchiのVRゲーム群開発費 420,544円・813時間発売1年年商5,913,887円・返金率14.1%
Streets of Rogue自己資金 $18,000約6年累計100万本・生涯売上$800万・$650万で売却
8番出口非公開(1人)1年余り140万本(470円)
めっちゃカメレオン広告費ゼロ・サーバー費ゼロ・制作約2か月63日2000万本(790円)

宣伝費を金額で公開した唯一の1本が、売上で宣伝費を下回った唯一の1本である。いちばん売れた1本は、広告費もサーバー費もゼロだった。

この並びから因果は出ない。5本しかなく、ジャンルも価格も発売年も揃っていない。言えるのはもっと弱いことで、「宣伝が足りなかったから売れなかった」という説明が、この棚では成立しないということだけだ。源氏リーインカーネイションの開発者は、打てる手を打ったうえで32本に着いている。

2000万本の販売曲線は、発売前に決まっていた

めっちゃカメレオンの曲線は、宣伝で動いた形をしていない。

経過販売本数
2日目50万本
4日目100万本
7日目300万本
12日目700万本
16日目1000万本
63日目2000万本

2日目に50万本である。広告を出していないので、この立ち上がりを運んだのは広告ではない。開発者が語っている当初の目標は10万本で、実績はその200倍に当たる。マッチングをEpic Online Servicesに寄せたため、同時接続が数十万人に膨らんでもサーバー費が増えない構造になっていた。

効いていたのは、見せたときに買いたくなるかどうかだった

売れた2本の共通点は、宣伝の量ではなく形式にある。

めっちゃカメレオンはかくれんぼである。隠れている側と探している側のどちらを映しても画面が成立し、見ている人は自分がやる番を想像できる。8番出口は「異変を探す」という形式で、実況を見ることと自分で買うことが競合しない。答えを知っても、通路を自分で歩く体験は残る。

ビジュアルノベルは逆の性質を持っている。実況で見た時点で、物語という商品の中身が消費されてしまう。同じ棚の上で、同じようにプレスリリースを打っても、形式のほうが先に結果を決めている。

チャネルは選ぶものではない。因果はほぼ逆向きに流れていて、実況で広がったから売れたのではなく、実況に乗る形だったから実況というチャネルが働いた。源氏リーインカーネイションが打った手は、形式のほうを変えられる手ではなかった。宣伝は、形式を後から直せない。

140万本の先に、興収50億円があった

棚のいちばん遠い端も見ておく。8番出口は470円の個人開発ゲームで、初日3万本、1年余りで140万本に届いた。2025年にはこれが実写映画になった。

映画は2025年8月29日公開。最初の3日間で観客動員671,840人・興行収入9億5,391万900円。10月29日時点、公開62日で動員357万人・興行収入50億円を突破している。同じ記事は、原作ゲームの累計販売本数が200万本を超えたことにも触れている。

ここで数字の性格が切り替わる。140万本と470円は開発者が公開した数字だが、興収50億円は配給側が発表した数字で、劇場と配給と製作で分かれたあとの原作の取り分は公開されていない。この棚では、売れた本数は本人が言う。言われないのは、その本数が映画になったときの取り分だ。

限界を先に出す

5本は少なすぎる。同じ棚には毎年膨大な数の新作が出ていて、ここに並んだ5本は「数字を書き残した5本」である。書き残す動機は結果に相関するので、母集団は最初から偏っている。2000万本の1本と32本の1本を同じ表に入れること自体、分布の説明にはなっていない。

金額の性格も揃っていない。表の売上は店頭価格ベースで、Steamの取り分と返金を引く前の数字が混ざっている。返金率を公開しているのはkan.kikuchi氏の14.1%だけだった。Streets of Rogueの$650万は売却額で、売上ではない。

隣に置いた記事がある。一人の天井を扱ったソロ・副業121件、集客チャネル別に月商を集計したチャネル別の中央値、金額の定義はデータ集計にある。

宣伝費の欄より先に、形式の欄を作る

棚に出す前に決まっていることのほうが、出したあとに打てる手より大きい。この5本を並べてそう読んだ。宣伝費2万円は少なすぎた額ではなく、形式を変えられない位置から打たれた額だった。

編集部は、個人開発の記録で「宣伝が足りなかった」と書かれている箇所を疑うようになった。足りていたかどうかは金額で測れるが、効いたかどうかは形式で決まっている。32本の記録がいちばん丁寧なのは、打った手が全部書いてあるからで、だからこそ打った手では説明が付かないことまで分かる。

次に数えるときは、販売本数の順に並べるのをやめる。他人のプレイ画面を見せたときに商品が減るか増えるかで、2列に分けて数えたい。

この記事、スゴいと思ったら

本コラムは、Small Startに掲載している事例(すべて出典付きの公開情報)の集計と、公開情報の分析にもとづく編集部の見解です。特定の事業・投資・副業を推奨するものではありません。

ほかのコラムを読む →

よく読まれている記事

  1. 1

    ちいかわ、興収168.5億円までの12年。出発点は誰でも並べられる棚だった

    直近37人が訪問
  2. 2

    AdSenseは1,000PVで386円。ラッコM&Aで売れたブログ225件から、PVと収益の距離を測った

    直近11人が訪問
  3. 3

    ホンダの最初の製品は、旧陸軍の余ったエンジンだった。資本金6,000万円の年に、4億円の工作機械を輸入している

  4. 4

    Shopifyの法人は、2004年9月にスノーボード店として登記された会社だ。上場届出書の創業者の手紙は、店の売上を1度も書いていない

  5. 5

    ナイキの誕生日は3つある。握手の1964年、法人の1967年、社名の1971年。最初の7年は、他社の靴を売る代理店だった

新着記事

この記事は、出典として「Small Start(small-start.com)」の明記と本ページへのリンクがあれば、ニュース・ブログ・生成AIの回答などで自由に引用・転載できます(事前連絡は不要です)。 転載・引用について →
この記事が参考になったら、シェアで応援
Xでシェア