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kan.kikuchi、個人開発のバカゲーVRで年商5,913,887円——開発費42万円・813時間の帳簿が全部公開されている

個人開発のVRゲーム群が2020年8月からの1年で売上5,913,887円、利益4,490,828円。8割超は「縦笛なめなめVR」1本。開発費420,544円・開発時間813時間・返金率14.1%まで本人が公開した帳簿を読む。

執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)

kan.kikuchi、個人開発のバカゲーVRで年商5,913,887円——開発費42万円・813時間の帳簿が全部公開されている

「学校で女の子に見つからないようにリコーダーを舐めるVRゲーム」。友人の集まりで一番ウケたアイデアがそのまま製品名になり、Steamで年商591万円の事業になった。個人開発者のkan.kikuchi氏が公開している数字は、企画の下品さとは対照的にきわめて几帳面だ。

本人ブログによれば、個人でリリースしたVRゲーム全タイトルの2020年8月14日〜2021年8月13日の売上は5,913,887円、Steam手数料と返金額を引いた利益は4,490,828円。そのうち8割以上を「縦笛なめなめVR(英語版タイトル Chupa Chupa VR)」1本が占める。年商を単純に12で割れば月あたり約49万円だが、実際の月次売上は大型セールのある月が突出しており、均された数字ではない。

さらにこの開発者は、主力タイトル単体の売上記事で、開発費の領収書レベルの内訳、開発時間、時給、返金率まで出している。ここまで開示された個人ゲーム開発の帳簿は珍しいので、順に分解する。

主力1本の数字

「縦笛なめなめVR」は2020年8月14日にSteam(Windows向けVR)で発売された。売上の推移は本人が発売からの日数とともに追記し続けている。

時点発売からの日数累計売上累計利益時給換算
2020年11月9日88日$22,2371,448,351円1,781円
2021年1月11日151日$30,5212,127,248円2,616円
2021年5月1日261日$38,5822,777,352円3,416円
2021年8月12日364日$48,1283,557,248円4,375円
2022年1月30日535日$57,7514,739,696円5,830円

(利益と時給は本人の集計。売上から手数料・返金・開発費を引いた額を、実測した開発時間で割ったもの)

売れた内訳は、本体が定価$10.99で3,311本、着せ替えDLCが$0.99で1,543本、男の子DLCが$0.99で468本。本体購入者の半分近くがDLCも買っている計算になる。

コスト側は開発費420,544円。内訳はUnity Asset Storeのアセット65,258円、BOOTHの3Dモデル28,563円、AudioStockのBGMとSE 32,978円、ランサーズで発注したロゴとボイス91,625円、GENGOでの英中韓翻訳173,740円、Wixのサイト28,380円。最大費目が翻訳だという点は、後述する市場選択の話とつながる。

開発時間はTogglで実測して約813時間(アップデートとDLC対応を含む)。151日時点の時給は2,616円で、535日時点では5,830円まで上がっている。売れ続けたぶん分母が動かず分子だけ増えたためだ。

なぜ「VRのちょいエロバカゲー」だったのか

この事例で一番読む価値があるのは、市場選択の理屈が事前に言語化されていることだ。本人は「稼げる額」と「稼げる可能性」を分けて考えたと書いている。ガチャ課金型のスマホゲームは前者は大きいが、大手が並び本数も多いので後者が極めて低い。

そこで選んだのがPC(Steam)のVRだった。ユーザーはそれなりにいるのに、企業が本腰を入れるほどのリターンは見込めず、個人開発者も機材の高さと情報の少なさで参入しづらい。結果として価格競争が起きておらず、求められる品質水準も上がりきっていない。実際、Steamの「話題の新作」や売上ランキングはカテゴリ別に用意されているため、VRという分母の小さい棚では本数が多くなくても上位に載る。発売直後にVRカテゴリ1位、全ゲームの売上ランキングでも56位に入っている。

そのうえで「ちょいエロバカゲー」を選んだ理由も明快だ。人気ジャンルなのに、企業は出しにくく、個人も心理的抵抗で避ける。さらに本人は、商品の評価は絶対的な良さではなく「買う前の期待値と買った後の満足値の差」だと考えており、バカゲーはシステム面の期待値が低いぶん評価されやすいと踏んだ。結果としてレビューは43件で93%が好評、しかもネタではなくゲーム内容が評価されているという。

企画の選定にはテストマーケティングも入っている。友人が集まる場で世間話として案を出し、「短い説明で伝わる」「勝手に盛り上がる」「言った瞬間に笑いが起きる」の3条件で反応を見た。一番ウケたものを採用し、タイトルもその場の誰かの発言をそのまま使っている。

1,111円という価格の意味

価格設計も棚の性質から逆算されている。日本での価格は1,111円。ゲーム名にかけた語呂だけでなく、10%割引をかけるとちょうど1,000円を切るため、Steamの「1,000円以下」特集に載るという狙いがあった。

割引率も特徴的だ。多くのタイトルが深い値引きをするなかで、この作品は10%(のちに20%)に留めている。本人の観測では、他ゲームがあまり割引していない時期の単独10%割引でランキング1ページ目に戻り、大型セール時に10%割引をかけたときの売上本数と大差がなかった。値引き幅を急いで広げなくても、VRという棚では露出が取れる。

プロモーションは広告費ゼロで組まれている。PVは音楽を先に決めて映像を合わせる手順で自作し、日本語版と英語版を合わせて5万回以上再生された。Steamのキュレーターコネクトでキーを10本配って4件の好意的レビューを得た。実況者の動画で取り上げられ、前作「札束風呂VR」とのバンドル販売も組んだ。この前作は主力の発売後151日間で370,136円を売り上げており、発売前に58%割引をしたときよりも明らかに数字が上がっている。棚に主力が置かれると、旧作が一緒に動く。

効かなかったもの

同じ開発者が同じ手順で作って外した例も公開されている。「SLASH OF BULLET」は米国を中心とした世界規模での販売を狙って作られたが、本人の言葉で「スベった」。

原因の自己分析が具体的だ。VRゲームは本数が少ないためユーザーに見つけてもらいやすく、宣伝の問題ではない。レビューを見る限り遊んだ人の評価も悪くない。残る要因は「他のゲームと比較しやすい」ことだった。近未来的な街並み、ロボット、刀というビジュアルはVRの中でも比較対象が少なくなく、「斬撃を飛ばして切る」という差別化で足りると高を括ったのが誤りだったと書いている。加えて、主力タイトルの前には友人相手の簡易なテストマーケティングをしていたのに、この作品ではコロナ禍を理由にその調査を一切していなかった。

主力タイトル側にも弱点はある。返金率が14.1%で、Steam平均の10%と比べてかなり高い。原因は平均プレイ時間23分という短さで、Steamは2時間未満なら無条件返金が可能だからだ。さらに3,311本売れて実際にプレイしたのは2,526人、つまり785人は買ったまま起動していない。ネタで買われる強みと、返品されやすい弱みは同じ性質から来ている。

海外展開も本人の評価は辛い。173,740円かけて英中韓に翻訳し、英語タイトルも語感重視で付けたが、購入者の58%が日本で、前作(日本比率21%)と比べて明らかに国内偏重だった。海外での比率が低いので「上手くいっていない気がする」と書いている。

再現の条件と限界

VRという条件を外しても残るのは、棚の選び方だ。品質を上げて勝つのではなく、競合が構造的に入ってこない棚を探して、そこで露出装置(ランキング、特集、キュレーター)に乗る。VRの本数が少なく企業が本気を出さない、というのは2020年前後に実在した窓であって、恒久的な条件ではない。470円のウォーキングシミュレーターが初日3万本・1年余りで140万本に達した事例も、実況と相性のいい仕掛けを持つ短編という、その時期の棚に合った設計だった。

一方で限界も明確だ。年商591万円の8割超が1本に集中しており、本人も「偏り過ぎている」と書いている。この売上が翌年以降も続く保証はなく、保証された給料ではないことを考えると高い額とは言えない、というのが本人の自己評価だ。実際、収入は個人開発のVRだけで成立しているわけではなく、協業しているゲーム、スマホゲーム会社の手伝い、過去のアプリ収益、技術ブログの収益が併存している。VRChat向け3Dアセット販売で年商1,000万円に届いた事例と同様、単一プロダクトではなく複数の収入源を束ねた形だ。

背景の蓄積も無視できない。この開発者は2017年1月に独立するまでに、学生時代を含めてスマホアプリを30本以上(累計約100万DL)作り、Unityの技術ブログを長年運営してきた。制作の速度も、外注先の選定も、Steamへの問い合わせで規約を確認する慎重さも、その蓄積の上にある。ゲーム13本で累計700円という開発者の記録と並べれば、同じ「個人でゲームを作る」でも、どこで数字が分かれるかが見えてくる。

最後に、本人が失敗の再発防止として採った手が実務的だ。Steamでは完成品がなくてもストアページを先に公開でき、ウィッシュリスト登録数から発売前にある程度の売上を予測できる。この仕組みを使って2本を先行テストし、1本は「リリースしてもおそらく売れない」、もう1本は「悪くはないが本開発を即決できるほどではない」と判定している。作ってから売れないと分かるのではなく、作る前に確かめる。813時間という原価を持つ事業では、この順序の入れ替えが最大のコスト削減になる。

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