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香川・丸亀の酒店が創業90年グループへ。従業員5名を残し、決め手は「売り手が現場に残ること」

香川県丸亀市の合同会社松田酒店が、1935年創業・グループ11社の柴田屋ホールディングスへ譲渡された。2024年春に初訪問、同年10月に松田酒販として営業再開。従業員5名の雇用と社名を残し、決断の最大要因は前代表が現場に残ることだった。

執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)

香川・丸亀の酒店が創業90年グループへ。従業員5名を残し、決め手は「売り手が現場に残ること」

小さな地方の酒屋が売りに出たとき、誰が買い手として現れるのか。香川県丸亀市の合同会社松田酒店は、後継者不在を理由にバトンズへ掲載され、2024年秋に東京の株式会社柴田屋ホールディングスへ譲渡された。譲渡額は公開されていない。だが、買い手がなぜ「丸亀」を選んだのか、そして何を決断の根拠にしたのかは、取締役・小林治氏の発言としてかなり具体的に残っている。結論から言えば、決め手は財務でも立地でもなく、前代表が現場に残るかどうかだった。

両社と取引の概要

項目内容
譲渡企業合同会社松田酒店(香川県丸亀市)/小売業(酒類)
譲渡理由後継者不在
譲渡企業の強み丸亀市に根づいた酒販ルート、県内最大都市・高松市への商圏拡大余地
譲受企業株式会社柴田屋ホールディングス(東京都)/譲受理由は新規エリアへの進出
買い手グループの規模11社(国内8社・海外3社)
中核企業の創業株式会社柴田屋酒店・1935年創業(90年)
初訪問2024年春
仲介なし(直接交渉)
新体制の開始2024年10月、社名を松田酒販に変更
雇用従業員5名を継続、前代表の松田氏も現場に残留
新代表杉村拓海氏(広島・ミシマ酒販代表が兼任)
譲渡額非公開

買い手はなぜ「地方の小さな酒屋」を買い続けているのか

この取引を理解するには、買い手側が20年以上かけて通ってきた経路を見る必要がある。

柴田屋酒店は1935年創業。もともとは家庭用の酒販、小林氏の言葉を借りれば「サザエさんに登場する酒屋の三河屋さんのようなイメージ」の事業だった。しかし90年代後半から酒販小売免許の規制緩和が進み、スーパーやコンビニでも酒が買えるようになる。「酒屋の事業が縮小するのは目に見えていました」と小林氏は振り返る。

次に試みたのが業務用酒販へのシフトだったが、ここには大手事業者が仕入力を武器に立ちはだかっていた。「同じ土俵で戦うと価格競争に巻き込まれてしまい、資金力では到底勝てません」。この認識が、以後の全ての打ち手を規定している。

そこから多角化が始まる。2011年に本社ビル1階へワインバーを出店。2015年から直輸入ワインの取り扱いを開始。2018年にはクラフトビール醸造と店舗事業を展開していた「ビール工房」をM&Aでグループ化し、現在は10店舗を運営している。飲食店事業を選んだ理由も明確で、「従来の酒販と比べて、飲食店事業は粗利がとれるのが魅力です」。自前で立ち上げずM&Aを選んだのは「時間と人材の両面で最適だと思ったから」だという。

そして酒販側では、地方への展開が進む。2023年に広島県広島市のミシマ(現・ミシマ酒販)、2024年に群馬県高崎市の増村酒店(現・増村酒販)、同年秋に香川県丸亀市の松田酒店(現・松田酒販)。この順序は偶然ではない。

何が効いているのか——「大手が来ない場所」を選ぶという設計

地方の小さな酒店を買い集める理由を、小林氏は二つの側面から説明している。

一つは商品の出口である。柴田屋酒店は差別化商品としてワインを持ち、2015年から直輸入も行い、日本酒でも酒蔵と協力したオリジナル商品を扱っている。「これらの商品を大都市圏だけではなく、地方の酒販店ルートで販売していくことを視野に入れていきました」。つまり買っているのは店舗ではなく、自社商品を流し込める既存の配荷ルートである。

もう一つが競争環境の非対称性である。「酒販は地域差が大きく、東京などの大都市圏では大手事業者が多数いるため、価格競争にさらされます。一方、売上の見込みが少ない地方には大手事業者もなかなか手を出さないので、競合が少なく、無理な安売りをしなくても需要が見込めるという状況もあります」。

ここが構造として重要な部分だ。大手が地方に来ない理由は、その市場が小さいからである。だが小さいことは、粗利率を守れることと表裏一体になっている。売上規模で戦えない事業者にとって、市場の小ささはむしろ参入障壁として機能する。仕入力で負ける側が生き残る場所は、仕入力が効かない規模の市場しかない——1990年代後半の規制緩和で得た教訓が、そのまま地方M&Aの選定基準に変換されている。

丸亀を選んだ具体的な理由も、この延長にある。「もともと当社には広島県のミシマさんがグループに加わっていたため、広島と香川の距離であれば一緒に管理ができると考えました。また、丸亀市は競争も少ないですし、高松市という香川県内の大都市エリアが近く、商圏拡大も見込めるので具体的に話を進めさせていただきました」。既存拠点からの距離で管理コストを抑えつつ、隣接する大都市への拡張余地を取る。実際、新体制では丸亀市から約1時間の高松市へ週2回の配送を行い、新規販路の開拓を進める計画になっている。

決断を分けた一点——「松田さんが残らないなら、この話はなかった」

この案件の転機は、2024年春の初訪問にある。柴田屋ホールディングスが松田酒店を訪ね、代表の松田氏と話した場面だ。

小林氏の言葉は明快である。「M&Aでは、駆け引きや交渉が色々と行われるのはよくある話ですが、何よりも相手の人柄や情熱が大切だと私は思っています。松田さんと話をした際には、本当にエネルギッシュな方だと感じました。立地的な問題で、今すぐ丸亀市に常駐する人間を配置することはできなかったので、松田さんがいる安心感によって、私たちのグループで共に事業を進めていける確信をもつことができました」。

さらに踏み込んだ発言もある。「逆に、松田さんがM&A後すぐに現場を離れる条件であれば、この話はなかったかもしれません。それくらい、人柄含め松田さんの存在も大きな決断要素でした」。

これは情緒的な話に見えて、買い手の経営条件から必然的に出てくる判断である。柴田屋グループの拠点は東京と広島にあり、丸亀に常駐者を置く余力はない。現在の代表も、広島のミシマ酒販代表である杉村拓海氏が兼任し、広島と香川を行き来しながら2社を運営している。この体制で日々の配送と得意先対応を回すには、現地に残る人間が不可欠だ。

つまり、売り手が現場に残ることは「あれば嬉しい条件」ではなく、この買い手にとっての実行可能条件そのものだった。遠隔管理を前提とする買い手ほど、売り手の残留に高い価値を置く。小規模事業の売り手が「引退したいが完全には離れられる」という状態にあるとき、それは交渉上の弱みではなく、むしろ買い手の候補を広げる材料になりうる。

なお、交渉は仲介会社を入れずに直接行われている。小林氏はもともと食品会社で卸会社のM&Aを複数経験しており、「在庫と取引先についてはしっかり確認するようにしている」と述べている。酒販は在庫と得意先が資産のほぼ全てである以上、この2点の検証が実質的なデューデリジェンスにあたる。

何が公開されていないか

この事例で検証できない範囲は広い。譲渡額は非公開であり、松田酒店の年商、利益、在庫金額、得意先件数、配送台数のいずれも記事には出ていない。したがって、従業員5名という規模の事業がどのくらいの価格で動いたのかは判断できない。地方の酒販ルートを買うことが投資として妥当だったかも、外部からは検証できない。

承継後の成果も、まだ結果が出ていない。柴田屋酒店のオリジナル商品が既存ラインナップに加わったことは記されているが、それによる売上増は数字になっていない。高松市への週2回配送も計画段階であり、新規開拓の件数は開示されていない。

体制上のリスクも読み取れる。代表を務める杉村氏は広島のミシマ酒販代表との兼任であり、二拠点を行き来する運営である。松田氏が現場に残ることを前提に成立した取引でもあるため、松田氏がいつまで残るのかは開示されていない。この二点は、いずれも人に依存した単一障害点である。丸亀に常駐者を置けないという制約は、取引を成立させた条件であると同時に、承継後も続く制約でもある。

この形が成立する条件

売り手側から見た再現条件は、意外に絞り込める。立地でいえば、大手が入ってこない規模の地域で、実際に稼働している配荷ルートを持っていること。買われたのは店舗ではなくルートである。帳簿でいえば、在庫と取引先の状態が説明可能であること。仲介なしの直接交渉が成立したのは、確認すべき点が明快な業種だったことも大きい。人でいえば、前代表が承継後も現場に立てること。この事例では、それが最大の決断要因として名指しされている。

一方、再現できない部分もある。買い手が既に広島に拠点を持っていたという地理的偶然は、売り手側では作れない。柴田屋グループのように「自社商品を流したい」動機を持つ買い手が、たまたまその地域を探索していたかどうかも運の側にある。売り手が同じ条件を揃えても、対応する買い手が市場に存在しなければ成立しない。

小林氏は事業承継について、こう述べている。「私たちのM&Aの基本スタンスは、社名を残し、従業員の雇用も引き継ぐことです。私たちとしては、その街から酒屋がなくなってしまうことが大きな問題として捉えていて、酒屋という文化を地元にしっかり残していきたいという思いです。丸亀市も、もし松田酒店がなくなってしまうと、スーパーなどの量販店やコンビニだけになってしまう地域です」。1990年代の規制緩和で自分たちが押し出された立場から、今度は押し出されそうな店を買う側に回っている。この事例の背骨はそこにある。

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出典

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