事例 売却済み

48歳が84歳創業者から除菌水ディーラーを承継。就任1年足らずで売上前年比150%

大手私鉄に20年超勤めた松木健治氏(48)が、長野県の次亜塩素酸水ディーラー「有限会社オーク販売」を2024年4月に承継。前オーナーは84歳で4年間後継者を探していた。就任1年足らずで売上は前年比約150%。

執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)

48歳が84歳創業者から除菌水ディーラーを承継。就任1年足らずで売上前年比150%

M&Aで会社を買った直後に業績が伸びた、という話には二通りの読み方がある。買い手が優秀だったのか、それとも売り手が本気を取り戻したのか。この事例が興味深いのは、買い手自身が後者だと明言している点だ。「これは僕の手柄というより、前オーナーの『ラッキーパンチ』みたいなものです」。譲渡金額は非公開だが、その代わりに承継後の一年で何が起きたかが具体的に語られている。

経緯を時系列で

時期出来事
大学卒業後松木氏、大手私鉄会社に入社。プロジェクトマネジメントに従事し、MBAを取得
2020年コロナ禍で危機感。「このまま大企業にしがみつく自分」を想像して退職を決意
退職後合同会社LeadTheSelf Japanを設立(PM・コンサルティング)
2021年頃〜民泊、レンタルスペースなど複数の事業を検討。M&Aプラットフォームを回る
2023年10月頃TRANBIのコミュニティで紹介された有限会社オーク販売と交渉開始。以後2週間に1回の頻度で面談
2024年4月買収実行。松木氏(48歳)がオーク販売の代表に就任
承継後の決算売上は前年比約150%
現在前オーナー(84歳)は名誉顧問のような形で現役稼働

前オーナーはこの時点で84歳。約4年間、後継者を探し続けていた。松木氏は「彼も4年ほど後継者を探していて、『そろそろ決めたい』というタイミングだったのも良かったのかもしれません」と振り返る。

「商品」ではなく「事業の構造」を買った

松木氏は正直に言う。「最初から『次亜塩素酸水』に強い情熱や愛情があったわけではないんです」。彼が案件選定の軸に置いたのは二つだけだった。在庫をあまり持たないことと、ロケーション(場所)に縛られないことである。

オーク販売は次亜塩素酸水(空気や機械の消毒・消臭に使う水)を作り、生成機械をメーカーから仕入れて販売し、販売先でのメンテナンスも担う会社だ。顧客は化粧品メーカーの工場から一般家庭まで幅広く、中心はBtoB。松木氏がこの案件に見た構造は明快である。営業して受注してから仕入れ先に発注できるので在庫を持つ必要がない。販売後もメンテナンスと、機器の運用に使うランニングの液剤販売が続く。BtoBで安定した顧客基盤があり、クロスセルの余地がある。

「商品自体に愛情があるに越したことはないですが、必須ではないと私は思っています」と彼は言う。その代わりに重視したのは、工場や医療施設で実際に使われているという「手触り感」だった。

転機は買収の瞬間ではなく、その後の関係設計にあった

一般に、事業承継では引き継ぎ期間が終われば前オーナーとの関係は切れる。松木氏はその逆をやった。「うちは全く逆で、今もめちゃくちゃ一緒に働いています」。前オーナーは名誉顧問のような立場で自由に動き、外で営業をかけ続けている。

彼の説明はこうだ。「事業承継のタイミングって、前オーナーは孤独を抱えていたり、会社自体のやる気が削がれてスピード感が落ちていたりすることが多いんです。そこに、僕のような(彼からすれば)若造が入ってきて、新しいチームができる。すると、おじいちゃんも『もう一回やってやるか!』とやる気になるんですよ。彼が働きやすいように僕が頑張り、彼がどんどん外で営業する」。

前後の変化を整理すると、承継前は84歳の経営者が一人で後継者を4年間探しながら会社を回していた状態。承継後は、営業を前オーナーが、体制整備を松木氏が担う分業になった。売上前年比150%はこの分業の結果として説明されている。

ここで効いているのは、買収時の資産査定には決して現れない要素だ。財務諸表に載るのは在庫と債権と設備であって、「オーナーの稼働率が孤独によって落ちていた」という事実は載らない。買い手が持ち込んだのは営業力ではなく、営業する意欲が戻る環境だった。

半年で12回、という接触量

もう一つ地味だが再現性のある要素がある。2023年10月から2024年4月までの交渉期間に、2週間に1回のペースで面談を重ねている。単純計算で十数回だ。前オーナーは84歳ながら返信のレスポンスが早く、話し合いのために渋谷まで足を運んだという。

小規模M&Aでは、デューデリジェンスに割ける予算が限られる分、相手を見極める手段が接触の回数と質に寄る。半年で十数回の対面は、書面では取れない情報を取るための投資として読める。実際、松木氏は交渉時点ですでに前オーナーを「父のような存在」として感じていたと述べており、買収後の共同運営という設計は交渉段階で下地ができていた。

順風満帆ではない部分

価値観の衝突は日常的にある。「しょっちゅう喧嘩もしますよ。『言った・言わない』の話や、仕事の進め方の違いでぶつかることもあります」。松木氏は前オーナーの「現金が何より重要」という感覚や、どんな状況でも泥臭い営業をかける姿勢を「時代錯誤だな」と思うことがあると認めつつ、「スマートな言葉で人を動かそうとするサラリーマン的な社長よりも、泥臭くても必死に商売をする彼の方が、よほど経営者として尊敬できる」とも語る。

より本質的なリスクは、150%成長の主因が84歳の個人にあることだ。松木氏自身がその危うさを認識しており、「今は、彼が元気なうちはできる限り働いていただく前提で、名誉顧問のような形で自由に動いてもらいつつ、僕たちが組織として会社を回せるように体制を整えている最中です」と述べている。属人性から脱するために買った会社で、別の属人性が業績を支えているという構図であり、この移行が完了するかどうかはまだ観測できていない。

譲渡金額が非公開である以上、投資回収の観点からこの取引が良かったかどうかも外部からは判定できない。参照できるのは成長率という一点だけだ。

何が真似でき、何が真似できないか

真似できるのは選定基準の置き方である。商品への思い入れではなく、在庫の有無、立地への依存度、リピート収益の存在、クロスセルの余地という構造の項目で案件をふるいにかけたこと。そして交渉期間に十分な接触回数を確保したこと。さらに、前オーナーを引き継ぎ後に切り離さず、稼働してもらう前提で関係を設計したこと。これらはいずれも資本量に依存しない。

真似しにくいのは、相性の良い売り手に当たったという偶然だ。4年間後継者を探して「そろそろ決めたい」段階にあり、84歳で渋谷まで出向くほど能動的で、承継後も現役で営業に出る意欲がある。この三つが揃った売り手は多くない。松木氏の20年超のプロジェクトマネジメント経験とMBAも、そのまま用意できるものではない。ただし本人は「MBAでファイナンスやアカウンティングの基礎は学びましたが、実際に会社を買って回す経験の方が、成長度は段違いですね」と、学位の寄与を控えめに評価している。

彼のアドバイスは「とりあえず飛んでみて」であり、その根拠は「会社は法人ですから『有限責任』です。失敗したとしても、資本金の範囲で責任を取ればいい」というものだ。ただしこれは、個人保証を負わない前提でのみ成り立つ整理である点は補っておきたい。

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出典

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