保護猫カフェきぶん屋、月商50万円でも手残りはほぼゼロ。月500人が来店した店が9年目に閉じるまでの損益
阪本一郎氏が2014年5月に兵庫県宝塚市・仁川駅前で開業した保護猫カフェ「きぶん屋」。最初の2年は月500人以上が来店し月商50万円だったが、経費を引いた手残りは約15万円で、本人の人件費を含めるとほぼ収支ゼロ。3年目以降は話題性の喪失と競合増加で毎月赤字になり、9年続けた末に2023年に閉店した。
執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)
月商50万円、来店客は月500人以上。数字だけ見れば駅前の小さな店としては十分に「流行っている」部類だろう。しかし兵庫県宝塚市・仁川駅前の保護猫カフェ「きぶん屋」を2014年5月から9年間運営した阪本一郎氏は、閉店後の振り返り記事で、その最盛期ですら手残りが約15万円、自身の人件費を計算に入れればほぼ収支ゼロだったと明かしている。そして3年目からは毎月赤字に転じ、2023年に店を閉じた。
29ヶ月で約220万円の赤字を出したレンタルスペースは月あたり予約が3件前後しかなかった。きぶん屋は逆で、客は来ていた。集客に成功した店が、それでも構造的に残らない。この事例が見せてくれるのは、売上ではなく費用構造の側で決まってしまう業態の損益だ。
月商50万円の行き先
阪本氏が公開している最初の2年間の月次収支は、単純な引き算でほぼ説明が終わる。
| 項目 | 月額 |
|---|---|
| 売上 | 50万円 |
| 家賃・光熱費 | 20万円 |
| 人件費 | 10万円 |
| 猫のフード・医療費 | 5万円 |
| 手残り | 約15万円 |
割り算をひとつ足すと、この業態の単価構造も見えてくる。月商50万円を月500人の来店で割ると、客1人あたりの支払いは平均1,000円。1時間前後の滞在を提供して1,000円という水準は、座席回転で稼ぐ飲食店よりも低く、体験にお金を払ってもらう娯楽業としても安い。しかも猫と過ごす体験の性質上、客数を詰め込んで回転を上げることは動物の負荷に直結するため、単価も回転も上げにくい。売上の天井が最初から低く設計されている業態だと言える。
経費側も比率にすると重さがはっきりする。家賃・光熱費の20万円だけで売上の40%。ここに人件費10万円(20%)と猫の費用5万円(10%)が乗り、費用は合計で売上の7割に達する。残り3割の15万円が「手残り」だが、その中からオーナー自身の生活費と、突発的な猫の医療費を賄うことになる。
手残り15万円は、オーナーが自分の労働時間に給料を払わない前提の数字だ。営業時間中は誰かが店に立ち、猫の世話は営業時間外にも続く。その労働への対価を市場価格で計上すれば、本人の言うとおり「ほぼプラスマイナスゼロ」になる。月500人を集めて、事業としての利益はゼロ。これが最も良かった時期の実測値である。
最初の2年が「ピーク」だった
きぶん屋の集客は広告に頼らず、口コミだけで月500人以上を維持していた。開業当時、周辺地域に猫カフェは存在せず、「地域で唯一の猫カフェ」という話題性そのものが集客装置だった。広告費ゼロで月500人は、集客の成績としては文句のつけようがない。問題は、その集客力の源泉が店の努力ではなく「珍しさ」にあったことだ。珍しさは自店ではコントロールできない。時間の経過と競合の参入という、外側の変数だけで削られていく。
だからこそ、この装置には寿命があった。3年目以降、話題性が薄れ、近隣に競合店が増えると、来店数は落ち、収支は毎月赤字に転落する。阪本氏は継続を難しくした要因として、家賃の負担、人件費、そしてリピート客の少なさを挙げている。猫カフェは初回訪問の満足度が高い一方で、「また来月も行く」習慣には繋がりにくい。新規客の流入が細った瞬間に売上が細る、フロー依存の構造だった。
開業時の話題性は蓄積される資産ではなく、逓減する初期ボーナスである。きぶん屋の9年は、この一般則の長い実測記録として読める。初期ボーナスが効いている間に、リピートの仕組みか物販のような別の柱を作れるかどうかで、3年目以降の景色が変わる。買収先のコーヒースタンドが5ヶ月休業に追い込まれた事例でも見たように、実店舗の売上は「開けていれば入ってくるもの」ではない。
保護猫カフェという業態の固有条件
さらにこの店には、普通の飲食店にはない費用がある。猫のフード代と医療費、月5万円だ。これは売上に比例する変動費ではなく、猫がいる限り発生し続ける固定費で、しかも生き物ゆえに削減の対象にできない。営業をやめても猫の世話はやめられない。撤退のハードルが普通の店より一段高い理由がここにある。
阪本氏は「世の中の9割の保護猫カフェは赤字」だとも書いている。保護活動と収益事業を1つの店で兼ねる業態は、収益側から見れば重い固定費を抱えた飲食店であり、保護側から見れば売上に依存した保護施設になる。どちらの論理でも中途半端になりやすい。同氏が成立しうる形として挙げるのは、観光地立地で新規客が構造的に絶えない店、グッズ販売など滞在料以外の収益を持つ店、SNSを集客に使い切れる店だ。裏を返せば、住宅地の駅前で口コミ頼み・滞在料一本のきぶん屋は、この条件をほぼ満たしていなかった。
閉店後の阪本氏の動きは示唆的で、寄付集めとネット通販を始め、現在は通販事業を軸に保護活動を続けている。SNSのフォロワーは合計20万人規模に育っており、「場所に縛られた滞在課金」から「場所を持たない物販と支援」へ、収益の柱を差し替えた形だ。
9年続いたことをどう評価するか
毎月赤字の店が7年近く続いたという事実は、美談にも教訓にもし切れない両義性を持っている。続けられたのは損失を吸収する何かがあったからだが、その原資は公開情報からは分からない。事業の合理性だけで判断するなら撤退はもっと早かったはずで、保護猫カフェという業態には「猫の行き先が決まるまで閉められない」という、損益計算書に載らない継続圧力が働く。
確かなのは、撤退の判断が費用構造に縛られていたことだ。猫という「閉められない固定費」を抱えた店は、コロナ禍で即座に休止を選べたキッチンカーのような身軽な撤退ができない。開業前に撤退の形まで設計しておく必要が、この業態では特に大きい。
9年間の累計損失は、振り返りのどこにも出てこない
この記事の数字は本人の閉店後の振り返りによるもので、月次の連続データや閉店直前の売上水準は公開されていない。3年目以降の「毎月赤字」がいくらの赤字だったのか、9年間の累計損失がいくらになったのかも分からないため、この事例で検証できるのは最盛期の損益構造と、転落の要因の質的な説明までだ。また2014年の開業当時と現在では猫カフェの競争環境が大きく違うため、「最初の2年は月商50万円」という水準自体を今の新規開業の参考値にはできない。
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