個人M&A・事業承継の事例(3ページ目)
個人M&A・事業承継の事例一覧
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創業60年の写真館を30代夫婦が承継。顧客名簿6,000人と衣装300着、交渉開始から約1か月で契約
荒川区の中央フォトスタジオは創業60年以上、顧客名簿6,000人以上と衣装300着以上を持つ。2024年8月末に案件公開、12月初旬に本格交渉が始まり同月末に契約。以前は条件が折り合わず不成立だった案件が、成人式という締切のもとで成立した。
「Peing-質問箱-」開発6時間・公開1ヶ月で月間2億PV。バイラルの限界点で売却されるまで
26歳の個人開発者せせり氏が6時間で作った匿名質問サービスPeingは、公開5日目に日次40万PV・1ヶ月で月間2億PVペースに到達。サーバー負荷と運営体制の限界から、公開わずか1ヶ月でジラフへ売却された(金額非公開)。
MENTA、30個目の個人開発が月商140万円でランサーズへ株式譲渡。入江慎吾氏の全経緯
オンラインメンターサービスMENTAは入江慎吾氏の30個目の個人開発。初日流通9万円から、プログラミング特化への転換を経て月間流通900万円・売上140万円へ。2018年6月開始、2020年10月にランサーズへ株式譲渡した。
薬剤師歴15年の個人が1975年創業の調剤薬局を承継。2社競合で選ばれた決め手と、父からの借入
神奈川県で1975年創業のヒライ薬局を、薬剤師歴15年の加藤明日香氏が2024年2月に個人で譲受した。買収資金は医師の父から借入し、不足分は金融機関融資で補填。複数店舗を持つ企業との2社競合を制した決め手は「今あるものをそのまま受け継ぐ」という方針だった。
Zenn、個人開発の技術情報共有サービスが公開4ヶ月半でクラスメソッドへ事業譲渡
個人開発のZennは公開9日後に「Zenn needs help」を発信、20社以上のオファーから譲渡先を選び、公開4ヶ月半でクラスメソッドへ事業譲渡。「成長が速すぎて個人の手に余る」ケースの意思決定過程が公開されている。
調布の町の本屋を個人が承継。約1年の交渉を動かしたのは売り手の家族だった
調布市飛田給の「ひたちや書店」が2025年春、個人に承継された。申し込みから成約まで約1年、止まっていた交渉を動かしたのは売り手の娘の参加だった。買い手は3月から引継ぎ、4月に約100件の雑誌配達を再開し、店頭販売は6月10日から始めている。
十数店舗の飲食法人が黒字の焼き魚専門店を個人へ譲渡。掲載1ヶ月足らずで複数の打診
2006年創業・十数店舗を展開する株式会社ヒューマックスが、東京都中央区の焼き魚専門店1店舗をバトンズ経由で個人へ譲渡。掲載1ヶ月足らずで複数の問い合わせがあり、最初に面談した相手と比較検討なしで契約、引継ぎ期間は約1ヶ月。譲渡額は非公開。
3年迷った訪問介護の譲渡が、3ヶ月で決まった──条件をひとつに絞った小規模M&A
川崎市の訪問介護「アリスの介護」が創業約10年で山口県の企業へ譲渡。移住を考えて3年迷った代表が、父の他界を機に動き、買い手探し開始から約3ヶ月で成約した。決め手は条件をひとつに絞ったことだった。
長期滞在8割の旅館を6カ月で承継。候補4人から選ばれたのは「屋号を変えない」と言った地元企業
秋田県横手市のビジネス旅館ますだは長期滞在客が約8割で黒字経営だったが、オーナーの鈴木正則氏が脳梗塞を発症し承継を決断。候補4名と面談し、屋号継続を申し出た地元企業へ約6カ月で譲渡した。
年間40万PVのブログを6日で買収。550記事を100記事に絞り、2ヶ月で訪問者120%
会社員が副業として年間40万PVのブログとYouTubeチャンネルを買収。買い申し込みから成約まで6日。譲受後は550記事を100記事に絞ってリライトし、カテゴリを3分割。引き継ぎ2ヶ月で訪問者数が120%に伸びた。
40年勤めた会社を辞めて21席のそば屋を承継。改装800万円、開店2カ月で客の半分が前店の常連
成田市で20年以上続いたそば屋「芭蕉庵」を、食品メーカー役員だった髙橋明史氏がバトンズ経由で承継。厨房600万円を含む約800万円を改装に投じ、21席の「なごみ奈」として開業した。開店2カ月時点で客の約半分が前店の常連である。
無職から3事業のオーナーへ。約20件の買い申込・返信率8割で100万円級を積み上げた記録
コロナ禍で退職した30代の吉田さんが、TRANBIで約20件の買い申込(返信率約8割)を出し、神楽坂のレンタルスペース約100万円、千葉のエステ約100万円、フィリピンのコールセンター370万円を連続取得。3件目では成約直後に売上が半減した。
香川・丸亀の酒店が創業90年グループへ。従業員5名を残し、決め手は「売り手が現場に残ること」
香川県丸亀市の合同会社松田酒店が、1935年創業・グループ11社の柴田屋ホールディングスへ譲渡された。2024年春に初訪問、同年10月に松田酒販として営業再開。従業員5名の雇用と社名を残し、決断の最大要因は前代表が現場に残ることだった。