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薬剤師歴15年の個人が1975年創業の調剤薬局を承継。2社競合で選ばれた決め手と、父からの借入

神奈川県で1975年創業のヒライ薬局を、薬剤師歴15年の加藤明日香氏が2024年2月に個人で譲受した。買収資金は医師の父から借入し、不足分は金融機関融資で補填。複数店舗を持つ企業との2社競合を制した決め手は「今あるものをそのまま受け継ぐ」という方針だった。

執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)

薬剤師歴15年の個人が1975年創業の調剤薬局を承継。2社競合で選ばれた決め手と、父からの借入

調剤薬局の開業には、物件・設備・薬の仕入れ・処方元との関係という一式が要る。ゼロから積み上げれば数年、そして最初の数年は患者数が読めない。この事例の主役である加藤明日香氏は、その入口をM&Aに置き換えた。神奈川県で1975年から続く有限会社ヒライ薬局を、薬剤師歴15年の個人として2024年2月に譲り受けている。譲渡額は非公開だが、資金の出どころと、複数店舗経営企業との一騎打ちを制した理由は明かされている。

承継の骨格

項目内容
譲渡側有限会社ヒライ薬局(神奈川県、1975年創業の調剤薬局)。平井様ご夫婦で運営し、奥様が店長、ご主人が財務担当
譲渡理由後継者不在。子はいたが別職業に従事していたため第三者承継を検討
譲受人加藤明日香氏。薬剤師。調剤薬局勤務15年、複数社で管理者などのポストを経験
買い手候補加藤氏のほかにもう1社(既に複数店舗を経営する企業)
買収資金医師である父から借入。運営資金を含む全額調達は困難で金融機関融資も併用
成約2024年2月に譲受
仲介株式会社サンアドバイザリー(大内氏)。案件はバトンズ経由
金額非公開

なぜ「開業」ではなく「承継」だったのか

加藤氏の出発点は独立志向だった。「薬剤師としてずっと仕事をしていたので、そのスキルを活かして調剤薬局の運営ができたらいいなと考えていました」。ここまでは薬剤師のキャリアとして珍しくない。差がついたのは手段の選び方である。

「ある程度売り上げなどのデータも揃っている会社を引き継がせていただいた方がやりやすい」。この一文が意思決定の全てだ。調剤薬局という業態は、需要が処方箋の流れに規定される。近隣の医療機関の処方がどれだけ回ってくるかで売上がほぼ決まり、それは開業前に予測しにくい。既に49年動いている薬局を買えば、予測すべき最大の変数がすでに実測値として存在している。加藤氏が買ったのは店舗と免許ではなく、検証済みの売上データだったと言い換えられる。

15年の勤務経験、しかも複数社で管理者のポストを経験しているという経歴も無関係ではない。運営の実務が分かる人間にとって、既存店の引き継ぎは「知らないことを学ぶ」ではなく「知っていることを自分の裁量でやる」への切り替えにすぎない。ここが未経験者のスモールM&Aと決定的に違う点である。

決定打は「拡大か、継承か」の一語

この案件には、加藤氏のほかにもう1社、有力な買い手候補がいた。相手は既に複数店舗を経営する企業である。資金力でも運営体制でも、個人の加藤氏より上に見える。にもかかわらず、売り手の平井夫妻は加藤氏を選んだ。

分かれ目は目的の違いだった。もう1社は「事業をもっと拡大していく目的」であったのに対し、加藤氏は「個人として薬局を持ち、自分で経営していく目的」。加藤氏自身は「最初はお二人でちょっと意見が分かれたと後から聞きましたが、最終的に私の方を選んでくださった」と振り返り、選定理由を「今あるものをそのまま受け継いで育ててほしいという点で、自分の方が適任と判断されたのかもしれない」と分析している。

そして双方が一致していた点として明記されているのが、「M&A後も変わらずスタッフを大事にしていきたい」という想いである。

ここが本事例の転機であり、同時に小規模M&Aの値付けが金額だけで決まらない構造の実例でもある。夫婦で49年運営してきた薬局の売り手にとって、譲渡は資産の現金化であると同時に、自分たちが作った職場の行き先を決める行為だ。買い手が「拡大の一駒」として扱うのか「そのまま育てる」のかは、売り手側の満足度を直撃する。買い手が個人であることは資金面では不利だが、「そのまま受け継ぐ」というメッセージにおいては構造的に有利になる。加藤氏はその非対称性が働く場所に立っていた。

資金でつまずき、仲介者で解決した

とはいえ、資金は現実的な壁として現れている。買収資金は医師である父からの借入で確保したが、運営資金まで含めた全額を賄うことは難しく、金融機関からの融資も検討した。当初はM&Aというフレームでの融資申請に困難があったと記されている。開業資金の融資は制度が整っているが、事業を買う資金の融資は、審査する側にとっても評価が難しい領域である。

これを解いたのは仲介者だった。サンアドバイザリーの大内氏への相談を経て融資が決定している。仲介手数料を払う価値がどこにあるかという議論において、この一点は具体的な答えになっている。仲介者の価値はマッチングだけでなく、買い手が単独では通せない金融機関の壁を通すことにもある

家族からの借入という調達手段は、率直に言って再現性が低い。医師の父を持つかどうかは選べない。この事例を「個人でも薬局は買える」と一般化するときは、そこを飛ばさずに読む必要がある。

承継後にまず手をつけたのはIT化

譲受後の施策として挙がっているのは、派手な集客策ではなく地味な業務のデジタル化である。手書き管理だった勤怠表のデジタル化、給与計算システムの導入、そして処方箋在庫管理システムの導入が進行中とされる。

進め方に配慮が見える。ベテランスタッフに対しては「簡単なことから取りかかり『ラクになった』とか『便利になった』など、デジタルの利用価値を実感してもらいながら少しずつ進めていった」。49年続いた職場に外から来た経営者が入るとき、最初の一手を「効率化の号令」にしなかったことは重要だ。売り手も買い手も「スタッフを大事にする」で一致していた案件で、承継直後にスタッフが辞めれば、買った資産の中身が抜ける。

成長の方向性としては在宅医療が挙げられている。「現在の1店舗でも売上を伸ばせるポテンシャルは十分にありますし、在宅医療に対応できればさらに伸ばせると思っています」。診療報酬の加算により単価向上が見込めるという読みだ。既存の患者基盤に対して、既存の店舗のまま単価を上げる施策である点で、投資リスクの低い順に手を付けている。

なお加藤氏は2店舗・3店舗への拡大も志向しているが、同一駅圏内での出店が理想であるのに対し現在地が住宅地であるため難しく、再度M&Aを活用する構想も語っている。「バトンズはとても検索しやすく、チャットなどの機能も使いやすかった」という評価も添えられている。

効率化ではなく満足度、という選択

加藤氏の経営哲学として記されているのは、効率化で件数をこなすのではなく「お客様に対してより良いサービスを追求」し「お客様一人ひとりの満足度を大事にしたい」というスタンスである。

これは業務のIT化と矛盾しない。むしろ整合している。勤怠と在庫と給与計算という患者に接しない領域を自動化して、接する領域に時間を戻すという配分の話だからだ。効率化の対象を間違えなければ、少人数の店舗運営でサービスの密度と業務負荷は両立しうる。

再現可能なもの、不可能なもの

再現できるのは二つある。ひとつは、実務経験のある業界の既存事業を買うという入口設計だ。加藤氏が買ったのは未知の業界ではなく、15年やってきた仕事の続きである。スモールM&Aで最も事故が起きにくいのはこの型だろう。もうひとつは、売り手の非金銭的な条件に正面から応える姿勢である。複数店舗企業を相手に個人が勝った理由は値段ではなかった。

再現できないのは、医師の父から買収資金を借りられたという資本条件、そして1975年創業・夫婦運営という物件そのものの希少性である。後継者不在の薬局は増えているが、スタッフごと丸ごと引き継げる状態で市場に出てくる案件が常にあるわけではない。加藤氏の側にも待つ時間と目利きが要ったはずで、その部分は記事には数字として現れていない。

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出典

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