十数店舗の飲食法人が黒字の焼き魚専門店を個人へ譲渡。掲載1ヶ月足らずで複数の打診
2006年創業・十数店舗を展開する株式会社ヒューマックスが、東京都中央区の焼き魚専門店1店舗をバトンズ経由で個人へ譲渡。掲載1ヶ月足らずで複数の問い合わせがあり、最初に面談した相手と比較検討なしで契約、引継ぎ期間は約1ヶ月。譲渡額は非公開。
執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)
黒字で、コロナ禍でも売上を伸ばした店を、なぜ手放すのか。東京都中央区のオフィス街に、昼のテイクアウト弁当が伸び、土日や夜の集客がほとんどないエリアでも採算が取れていた焼き魚専門店があった。運営していたのは、水産の卸売・加工・小売から飲食店の運営・企画までを一貫して手がける株式会社ヒューマックス(東京都、2006年創業)である。十数店舗を展開する同社は、この一店舗だけをバトンズ経由で個人に譲渡した。譲渡理由の欄に記されているのは業績不振ではなく「選択と集中」だ。金額は非公開のため、この事例で検証できるのは価格ではなく、好調な店舗が売り物として市場に出るまでの意思決定の順序である。
事例データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 譲渡企業 | 株式会社ヒューマックス(東京都)。2006年創業、水産卸売・加工・小売、飲食店の運営・企画 |
| 代表 | 梶川拡史様。大手飲食チェーン勤務とFC加盟による独立を経て創業 |
| 店舗網 | 昼は食堂・夜は居酒屋という業態で十数店舗を展開 |
| 譲渡対象 | 東京都中央区の焼き魚専門店1店舗(事業譲渡) |
| 譲渡理由 | 選択と集中(店舗責任者の意向がきっかけ) |
| 譲受側 | 個人(鈴木様)。東京都・飲食業、譲受理由は「起業」 |
| プラットフォーム | バトンズ(担当コンサルタント:川村) |
| 反響 | 掲載から1ヶ月足らずで複数の問い合わせ。法人からの打診も含まれた |
| 交渉 | 最初に面談した鈴木様と、他候補との比較なしで契約まで |
| 引継ぎ期間 | 約1ヶ月 |
| 譲渡額 | 非公開 |
昼と夜の二毛作で十数店舗まで伸ばした
梶川様は学生時代の飲食店アルバイトで、自分が接客した客が再来店する喜びを知った。同時に「自分はサラリーマンに向いてない」という意識も持っていたという。アルバイト先で一国一城の主として店を切り盛りする人たちの姿に影響を受け、独立を志す。大手飲食チェーン勤務とFC加盟による独立を経て、東京都中央区を拠点に水産会社直営の食堂兼居酒屋を立ち上げた。
業態設計は明快である。昼はオフィスの休憩時間に立ち寄れる食堂、夜は気軽に飲める居酒屋。同じ物件・同じ厨房・同じ仕入れルートを一日二回転させる構造だ。市場から直接水産物を仕入れられることが強みで、焼き魚料理を中心にしたメニューと、生産・加工・提供を一貫で行うビジネスモデルで安定経営を続け、十数店舗まで広げた。
強みが入れ替わった二年
多店舗展開が好調になってきた矢先にコロナ禍が始まる。飲み歩く行動そのものが難しくなり、夜間の居酒屋営業はどこも苦しくなった。ここでヒューマックスの二毛作構造が効いてくる。もともとランチタイムに定食を提供していたため、それを弁当販売に切り替えただけで営業が続いたのだ。
さらに、仕入れの優位性が昼のほうに強く現れるという逆転が起きた。梶川様の説明はこうである。夜の営業よりもランチ営業のほうが食材を大量に使うため、美味しい食材を低価格で提供することが可能になる。つまり直営仕入れの規模メリットは、単価の高い夜より、回転数と食数で稼ぐ昼のほうが効きやすい。結果として、オフィス街の中でランチ人気を確立していた。「改めてビジネス層向けのランチタイムの営業は自社の強みだと再認識できました」と梶川様は振り返っている。
コロナが落ち着いた後も弁当の売上は好調のままだった。この時点で、同社は「夜が主役の居酒屋チェーン」から「昼の弁当が手堅く稼ぐ会社」へと、実態のほうが先に移っていたことになる。
潮目を変えたのは店長の一言
ここが本件の転機である。譲渡した直営店を運営していた店長は、もともと夜の居酒屋の賑やかな空間が好きで入社した人物だった。昼は手堅く商売をした上で、夜も楽しく店をやれる。そこに魅力を感じていた。ところがコロナ禍でその店は弁当屋としての営業に力を入れる店になり、世の中が戻った後も弁当が好調なまま推移した。店長から「もともと夜の営業をしたくて入社したから、そちらに戻りたい」と相談が入る。
梶川様は「ここで独立したら?」とも考えたが、本人の描くイメージと現店舗のあり方が違っていたため、意思を尊重した。「無理に続けてもらうのも良くないなと」。
問題は残された店のほうだった。「テイクアウト事業も非常に手堅く堅実で、土日や夜の集客がほとんどないようなエリアでも、しっかりと採算が取れていた」。手放すには惜しい。しかし別店舗から社内の人間を回すことも、新しく人材を雇うことも難しい。梶川様はもうひとつ、重い事実を口にしている。「直営での飲食店が10店舗を超えてくると、経営維持が想定よりも難しかったんです」。
つまり構造はこうだ。店の収益性は高い。だが店を回せる人がいない。人を作るには本社側の余力が要るが、10店舗超の直営運営でその余力がない。収益性ではなく運営能力が制約になったとき、選択肢は「閉じる」か「渡す」の二つしかない。ヒューマックスは、同一ブランドで事業を引き継いでくれる第三者を探すという三つ目を選んだ。
なぜ法人ではなく個人だったのか
掲載から1ヶ月足らずで複数の問い合わせが入り、その中には法人からの打診もあった。それでも梶川様には最初から「個人の方がマッチするだろう」という漠然としたイメージがあったという。理由は二つ挙げられている。ひとつは「事業のサイズ感は小さいですが、黒字で堅実な経営をしていた」こと。もうひとつは「私どものブランドを継いで運営してほしいという要望も、法人の場合は難しいのではないか」という判断である。
これは小規模M&Aの買い手選定として合理的だ。単店で黒字という案件は、法人にとっては投資規模が小さすぎて意思決定コストに見合わない一方、個人にとっては生活が成り立つ十分な規模になる。加えて、ブランドを維持したまま運営してほしいという条件は、自社ブランドを持つ法人ほど呑みにくい。売り手の要求(ブランド継続)と案件の規模(単店)が、買い手の属性を自動的に絞り込んでいた。
決め手は初回面談だった。「初めてお話したとき、『この方にお店を続けてもらえたら素敵だな』と思えたというのが、率直な気持ちです」。梶川様は鈴木様が飲食店での経験を含めヒューマックスの社員とは違ったバックボーンを持つ点を評価し、「私どものブランドと、鈴木様の持つ個性や経験を掛け算していけたら」と期待を語っている。その後、他の候補者と面談することなく契約まで進んだ。
即決の代償として検証できないもの
この事例は美談として読めるが、数字で確認できることは極端に少ない。譲渡額は非公開。店舗の売上・利益・客数・弁当の単価と食数、いずれも開示されていない。「採算が取れていた」「売上好調」はすべて売り手側の自己申告である。読者が価格の妥当性を判断する材料は存在しない。
比較検討を行わなかった点も、両義的に見ておきたい。複数の問い合わせがある状態で最初の面談相手と決めるのは、時間と情報漏洩リスクを圧縮する合理性がある一方、価格・条件を市場で試していないことも意味する。梶川様自身「巡り合わせというか、一期一会だと感じます」と述べており、経済条件の最適化を狙った動きではないことは明言されている。売り手が金額の最大化より承継先の質を優先した事例だと理解するのが正確だ。
引継ぎ期間が約1ヶ月という短さも、そのまま真似できる数字ではない。同一ブランドでの継続、既存スタッフを含む店舗オペレーションの存在、そして買い手に飲食経験があったことが前提にある。未経験者が1ヶ月で単店を回せるという話ではない。
どこまで持ち帰れるか
再現しやすいのは、譲渡対象の切り出し方である。会社ごとでも全店でもなく、「運営者が抜けるが収益性は高い1店舗」だけを切り出して出した。この粒度なら個人が手を挙げられ、売り手も本業の縮小にならない。多店舗展開している事業者にとって、店長の退職や異動希望は必ず起きる。そのたびに閉店か無理な人繰りかを迫られるより、譲渡を第三の選択肢として持っておくという発想自体が持ち帰れる。
売り手が買い手像を先に決めていた点も参考になる。規模と条件から「個人向けの案件だ」と当たりをつけていたため、法人からの打診が来ても方針が揺れなかった。案件を出す前に、誰にとって魅力的な案件なのかを言語化しておく作業に相当する。
一方、再現が難しい条件も明確だ。中央区のオフィス街という立地は、平日昼のテイクアウト需要が集中する場所であり、土日と夜が弱くても成立するという特殊な収益構造を生んでいる。同じ業態を住宅地に置いても同じ数字にはならない。市場から直接水産物を仕入れられる親会社機能も、単店を買った個人が自前で持てるものではなく、ブランドを継続する形だからこそ供給側の関係が引き継げた可能性がある。そして掲載1ヶ月足らずで複数の引き合いが来たのは、黒字・都心・飲食という条件が揃った案件だからであり、赤字案件や地方案件が同じ反響を得られるわけではない。
なお梶川様は今後、買い手としてのM&Aも選択肢に入れていると述べている。「今は新しく物件を探すことが非常に困難です。立地の問題や、契約期間の短さ、家賃の高さ、設備が不十分など、さまざまな問題があります。その点、M&Aで既存の店舗を引き継ぐ形であれば、そのハードルは一気に下がります」。都心の飲食における出店コストが、居抜きより承継を有利にしているという見立てである。売り手と買い手の両方を経験する事業者が増えれば、単店の流動性はさらに上がる。
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出典
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