事例 売却済み

3年迷った訪問介護の譲渡が、3ヶ月で決まった──条件をひとつに絞った小規模M&A

川崎市の訪問介護「アリスの介護」が創業約10年で山口県の企業へ譲渡。移住を考えて3年迷った代表が、父の他界を機に動き、買い手探し開始から約3ヶ月で成約した。決め手は条件をひとつに絞ったことだった。

執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)

3年迷った訪問介護の譲渡が、3ヶ月で決まった──条件をひとつに絞った小規模M&A

神奈川県川崎市で訪問介護を営む株式会社アリスの介護が、山口県の株式会社まいぱすへ事業を譲渡した。バトンズが2025年1月8日に公開した成約事例である。創業は2015年1月、譲渡理由は「選択と集中」、買い手側の理由は「事業拡大」。譲渡金額は公開されていない。

金額が出ていないため、この事例から取り出せるのは価格ではなく意思決定のプロセスだ。特徴的なのは所要時間の落差である。譲渡を選択肢として考え始めてから実際に動くまでに約3年かかり、いざバトンズで買い手探しを始めてからは約3ヶ月で成約している。この落差がどこから生まれたかを追う。

時間の使われ方

時期出来事
高校時代長期入院を経験。祖父の言葉が介護職を志すきっかけになる
専門学校進学前一緒に会社をやろうと話していた祖父が他界
創業前老人ホームに入社し、施設介護と在宅介護の両方を経験
2015年1月株式会社アリスの介護を設立
譲渡の約3年前田舎への移住を考え始め、事業譲渡を選択肢として意識
譲渡の年父が他界。「やりたいことをできる時に」と譲渡を本格化
その後自力で情報収集 → 不安が募り商工会議所へ相談 → バトンズを紹介される
買い手探し開始から約3ヶ月株式会社まいぱすへの譲渡が成約
創業から約10年神奈川県の「かながわ認証」を取得済み

譲渡前の事業がどう作られていたか

代表の横山里美氏が介護を志したのは高校時代の長期入院がきっかけで、祖父から「失ったものばかり見るな。残ってるものをみろ」と言われたことが出発点だと語っている。起業の動機はさらに具体的で、「定年前の方でも疾患で要介護状態になってしまう方も多くいらっしゃいます。社会復帰したいという方の支援ができたらいいなと思い、起業を決意しました」という。加齢による要介護だけでなく、現役世代の疾患からの復帰支援に照準を置いていたわけだ。

経営姿勢としては「介護業界は究極の接客業だと思っています」と述べ、一人ひとりとの向き合い方を重視してきたとしている。創業から10年の時点で神奈川県の優良介護事業所を示す「かながわ認証」を取得しており、地域密着の訪問介護として一定の認知を得た状態にあった。売上・利用者数・スタッフ数は公開されていない。

動かなかった3年と、動いた3ヶ月を分ける転機

転機は二つある。

一つは父の他界だ。移住のために譲渡を検討し始めてから3年、横山氏は「アリスの介護をご利用いただいている方々のことや、事業に対する思い入れなどから、なかなか一歩が踏み出せなくて」と足踏みしていた。そこへ「元気だった父が今年他界し『いつ死が訪れるかわからない』ということを改めて実感しました」という出来事が重なり、移住に向けて譲渡を本格化させている。事業の数字ではなく、経営者の人生側の事情が引き金になった。

もう一つは相談先を変えたことである。動き出した当初、横山氏はインターネットで情報を集めたが、「出てくる情報がネガティブなエピソードばかり」で、手数料だけ払って成約しなかったという口コミにも触れ、料金形態が分からない会社もあったことから「知識がないと難しい」と感じてしまったという。実際、「業者によっては頼んだだけで100万単位の手数料がかかってしまうところもあり、自社の規模では譲渡は叶わないのかなと感じました」と、規模の壁を意識していた。

この局面を変えたのが商工会議所への相談だ。担当者はM&A業界について「法整備が行き届いていなかったり、ブラックボックスになっている部分があるのは事実です」とフラットに認めたうえで、興味のある相手にだけ情報開示できることや担当者が相談に乗ってくれることを理由にバトンズを紹介した。3年止まっていた検討が3ヶ月で決着した直接の原因は、情報の非対称が公的窓口によって解消されたことにある。

なぜ3ヶ月で決まったのか、条件の設計を見る

スピードの正体は「候補の絞り込み条件が最初から一本に定まっていた」ことだ。

横山氏が譲渡先に課した必須条件は、介護業界を理解している人がいるかどうか、これだけである。根拠も経験に基づいている。「『介護だから誰でもできるでしょ』という感覚で異業種から参入してくる企業は、大体1年以内に撤退していきました」という観察から、業界理解がなければ事業継続が難しいと判断していた。なお、これは本人が現場で見てきた範囲の話であり、統計として提示されたものではない。

この条件はさらに具体的な要件へ翻訳されていた。横山氏はM&A後に退任する意向だったため、バトンズの担当者(川村悠大氏)によれば「サービス管理責任者の再配置」が譲渡先に求める前提条件になっていた。譲渡者が抜けたあとに現場を回す責任者を、買い手側が用意できるかどうか、という一点である。

まいぱす側はこの条件をそのまま満たしていた。介護経験が豊富な人材が在籍しており、その人物が事業責任者になると示せた。担当者は「事業理解があり、かつ前提条件をクリアできている買い手候補者だったこと、またまいぱすの皆様のお人柄が好印象だったこともあり、スピーディに合意まで進めることができました」と振り返っている。

構造としてはこうだ。人が資産の事業では、譲渡後に誰がその役割を埋めるかが最大の未確定要素になる。その未確定要素を交渉の入口で「前提条件」として提示してしまえば、満たせない候補は最初から脱落し、面談に進む相手は要件を満たした状態から始まる。合意までの時間が短くなるのは当然の帰結である。最終的な決め手は人柄で、面談時に「風通しのいい会社」という印象を受けたことが判断を後押ししたという。

検証できないこと、真似しにくいこと

限界を正直に書いておく。譲渡金額が非公開である以上、この譲渡が売り手にとって金額面で妥当だったかは判断できない。売上規模も利用者数も出ていないため、倍率の議論は成立しない。また、最終判断が「人柄」という定性的な要素だった点は、外部から検証も再現もできない。

真似しやすいのは条件設計のほうだ。譲渡後に自分が抜けるなら、抜けた穴を埋める要件を先に文書化して候補に提示する。この作業に資本も実績も要らない。公的窓口(商工会議所や事業承継・引継ぎ支援センター)に相談して手段の選択肢を確認するのも同様である。

一方、真似できない前提もはっきりしている。約10年の運営実績、「かながわ認証」という第三者認証、地域での認知。これらは時間でしか積めない資産で、買い手が「業界理解のある人材を責任者に立ててでも取りに行く」と判断する材料になっている。逆に言えば、実績の薄い事業が同じ条件を突きつければ、候補が全滅する可能性のほうが高い。

横山氏自身は成約後に「実際に足を踏み込んでみると、気をつけるべきポイントを抑えておけば案外ハードルは高くなかったなと感じます」と述べ、迷っている段階では情報を得るだけなら費用はかからないと付け加えている。3年と3ヶ月の落差を経験した人の言葉としては、それなりに重い。

あわせて読みたい

出典

本記事は上記の公開情報の要約と独自分析です。 詳細は必ず出典をご確認ください。

この記事は、出典として「Small Start(small-start.com)」の明記と本ページへのリンクがあれば、ニュース・ブログ・生成AIの回答などで自由に引用・転載できます(事前連絡は不要です)。 転載・引用について →

近い規模・近い業種の事例

この記事が参考になったら、シェアで応援
Xでシェア