海外事例 売却済み

地方都市の個人ニュースレターMadison Minutes、ローカルメディア網City Castへ

米ウィスコンシン州マディソンのローカルニュースレターMadison Minutesは、都市別ポッドキャスト+ニュースレター網を展開するCity Castに売却された。新聞が衰退した地方で、個人ニュースレターが地域報道の受け皿となり、全国ネットワークに束ねられていく流れの一例。

執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)

地方都市の個人ニュースレターMadison Minutes、ローカルメディア網City Castへ

何が売れて、誰が買ったか

Madison Minutesは、米ウィスコンシン州マディソン(人口約27万人)のローカルニュースレター。市政・開発・飲食店の開閉店といった「街のニュース」を要点だけの箇条書きに刻んで平日配信し、網羅的な地域イベントカレンダーとあわせて地元住民の朝の習慣になった。創刊は2021年4月。2023年7月、都市別のポッドキャスト+ニュースレター網を全国展開するCity Castに、6桁(10万ドル台〜、約1,500万円〜)の対価で売却された。売却時点の購読者は1万8,500人、うち有料会員は700人。形態は事業買収というよりアクイハイア(人材獲得を主目的とする買収)で、創業者2人はそのままCity Castの正社員になった。

カバーレターを一緒に書いていた2人

創業者はHayley Sperling氏とSam Hoisington氏。Sperling氏はマディソンの大学を出てニューヨークへ移ったものの街になじめず、Wisconsin Public Radioの求人を機にマディソンへ戻った。Hoisington氏はワシントンDC(本人いわく「生きているだけで高くつく街」)に住み、報道系NPOのNews Revenue Hubでリモート勤務をしながら、学生時代にひと夏を過ごして「ずっと好きだった」マディソンへ2019年夏に移住した。2人の接点はオーディエンスエンゲージメント職のSlackコミュニティで、2018年にはHoisington氏がSperling氏を若手ジャーナリストのTwitter DMグループに誘っている。ネット上の友人同士が、同じ街の住人になった。

転機は2020年秋。Sperling氏はこの年、報道職を離れて地元テック企業のマーケティング職に移っていたが、COVID-19の影響で2人とも職を失う。「彼がアパートに来て、一緒にカバーレター(応募書類)を書いた。四六時中LinkedInに張り付いていた。連れがいるのは救いだったが、ひたすら苛立たしい時間だった」とSperling氏は振り返る。応募を重ねても職は決まらず、Hoisington氏は2021年4月、自分の媒体Madison Minutesを創刊する。「他の多くの都市で起きているようなニュースレターをやる本物の機会が、マディソンにはあった。自分が読みたい朝のニュースレターを作りたかった」。数週間後にはSperling氏が共同創業者として合流した。

時期出来事
2018年2人がオンラインの報道実務者コミュニティで知り合う
2019年夏Hoisington氏がDCからマディソンへ移住
2020年秋COVID-19の影響で2人とも失職
2021年4月Hoisington氏がMadison Minutes創刊、数週間後にSperling氏が参画
2022年6月Sperling氏、Poynter-Kochフェローシップを得て専業化
2023年春City Castから最初の買収オファー
2023年7月買収完了。購読1万8,500人・有料700人

課金3.8%の台所事情

売却時の数字を並べると、この事業の実像が見える。購読1万8,500人に対して有料会員は700人、比率にして約3.8%。ニュースレター単体の課金収入で2人分の生計を立てられる規模ではない。実際、立ち上げ期の2人は兼業で食いつないでいた。Hoisington氏はフリーランス業とCOVID検査員、Sperling氏は飲食などのサービス業。資金が足りない場面では、Hoisington氏がパンデミック対応で引き出し制限の緩和されていた401(k)(米国の確定拠出年金)を取り崩してもいる(Sperling氏は「私は勧めなかった」と釘を刺す)。

事業を回していたのは課金ではなく「外部資金の調達力」だった。Facebook(Meta)がローカル媒体向けに展開していたBulletinプログラムからSperling氏の報酬を賄える資金を獲得し、報道系の助成金を確保し、2022年6月からはHoisington氏が見つけてSperling氏が応募したPoynter-Kochフェローシップが彼女の専業化を支えた。Sperling氏は相棒を「Samは本当にお金を見つけるのが得意」と評する。その一方で、株式は一切売らなかった。プラットフォームの支援金・助成金・フェローシップという米国ローカル報道特有の資金インフラを綱渡りでつなぎ、持分だけは手放さない——この設計が、2年後に売却対価を2人で総取りできた理由である。

広告収入も一朝一夕ではなかった。「人が何を買いたがるかを知る唯一の方法は、実際に何かを売ってみることだった」とHoisington氏。試行錯誤の末にディスプレイ広告とスポンサードコンテンツの両方が売れるようになり、地元市場に競合ニュースレターが存在しないぶんプレミアム価格を付けられたという。売上額は非公開である。

City Castは何を買ったのか

買い手のCity Castは、都市ごとにローカルポッドキャスト+ニュースレターを展開する全国ネットワークだ。関係の始まりは買収ではなく、Madison Minutes側からの「マディソンで一緒にやらないか」という働きかけだった。City Castは現地ポッドキャストのチームを自前で雇い、Madison Minutesとは独立パートナーとして協業する形を取る。「私たちは報道の親友同士みたいなものだった」とSperling氏は言う。

2023年春、City Castが最初の買収オファーを出した。2人は他の買い手候補にも当たった上で、City Castを選んでいる。「彼らがMadison Minutesブランドだけでなく、私たち自身を欲しがっているのは明らかだった」。買収後、Sperling氏はCity Castの従業員としてMadison Minutesの執筆を続け、Hoisington氏は全社のメンバーシップディレクターに就任、1都市で有料会員700人を作ったモデルを他の11都市に横展開する立場になった。「2020年に失業していた2人が、医療保険付きで、心から楽しみな新しい会社にフル雇用された」。これがこの出口の実質である。新都市への進出はゼロから立ち上げるより、確立済みの地域リストと書き手を買う方が速くて確実。だからMadison Minutesのような媒体に買い手がつく。Austonia(オースティン)を買った6AM Cityを含め、米国ではローカルメディアの買い集めが複数社で起きている。

「メディアを売るには悪い時期」と売り手自身が言う

美談として読むには留保が要る。まず、当事者2人がこの買収を業界の例外だと認めている。「メディア事業を売るには、かなり悪い時期だ」とHoisington氏。かつてメディア企業は売上の3〜5倍で売れることもあったが、そうした取引は稀になった。本件が成立したのは、協業で築いた既存の関係と、City Castがちょうどメンバーシップ責任者を採用したがっていたという偶然の重なりによる。他のメディア起業家には、地元市場でパートナーを探す方が現実的だろう、というのが氏自身の見立てである。

対価の6桁は、下限なら10万ドル。2人で分ければ、2年3ヶ月の労働と失業リスクの対価として決して大きくない。アクイハイアの本質は「雇用条件込みの転職パッケージ」であり、事業単体の値付けとしては読めない。また、購読1万8,500人・有料700人という規模は独立採算の成立ラインに届いておらず、Bulletinやフェローシップという時限的な外部資金が切れれば継続が危うい構造だった。売却は「勝ち逃げ」であると同時に、独立継続の展望が細かったことの裏返しでもある。

起業家から従業員への移行も、無条件の幸福ではなかった。「これほど大きな適応が要るものだとは、最初は分かっていなかった。それでも、人間としての私たちにとってもMadison Minutesという事業にとっても、これが最善の選択だった」とSperling氏。2人は売却を考える創業者に対し、事業を手放すことの感情面に備えるよう語っている。

ローカルメディアの参入障壁は独特だ。技術も資本も要らないが、その街に住み、街を歩き、人間関係を作ることは外部からは代替できない。つまり1都市につき1〜2席しかない椅子取りゲームであり、先に座った者が勝つ。ただしその椅子は、座り続けるだけでは食えない椅子でもある。Madison Minutesの数字はそれを正直に示している。

日本に持ち込むなら何が欠けるか

日本では地方紙の衰退が米国より緩やかだが、同じ空白は確実に広がりつつある。都市別ニュースレターの全国網という業態自体がまだ存在しない日本は、この事例の「10年前の米国」にいる。移植可能性の高いモデルとして注目に値する。

ただし再現の条件は割り引く必要がある。本件を支えたMetaの媒体支援プログラム、報道系助成金、フェローシップといった資金インフラは日本にほぼ存在せず、City Castのような常設の買い手もいない。日本で同じことをやるなら、課金と地元広告だけで初期2年を耐える設計が必要で、難度は一段上がる。一般化できるのは「新聞が空けた穴は個人単位で埋められる」「有料会員運営のノウハウ自体が売り物になる」という2点であり、出口の存在まで含めた再現は現時点では米国固有だ。

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出典

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