コラム

イーロン・マスクの最初の会社は、元手が1.5万ドルとも2.8万ドルとも語られる。売却額のほうは買い手の書類に残っている

イーロン・マスクが1995年に始めたZip2の元手は、本人の投稿では3人で計1.5万ドル、伝記では父親が出した2.8万ドルとされる。PayPalが15億ドルの株式交換で売れたことは、買い手eBayの開示に残っている。創業期の数字は、入口ほど語り手で変わり、出口ほど書類に残っていた。

執筆: Small Start 編集部
イーロン・マスクの最初の会社は、元手が1.5万ドルとも2.8万ドルとも語られる。売却額のほうは買い手の書類に残っている

イーロン・マスクの最初の会社Zip2の元手には、3つの数字がある。1つ目は本人が2019年にXへ書いた内訳で、自分が2,000ドル、弟のキンバルが5,000ドル、共同創業者のグレッグ・コウリが8,000ドル。3人で1万5,000ドルになる。2つ目はアシュリー・バンスの伝記(2015年)にあるもので、父親が兄弟に2万8,000ドルを渡したとされる。3つ目は、その伝記の記述を2017年に否定したあとで本人が書いたもので、父親が出したのは後のおよそ20万ドルの調達ラウンドの約10%だったという。

同じ会社の同じ時期について、元手の数字が語り手によって変わる。創業期の話ではよくあることで、それ自体に驚きは無い。並べてみて手が止まったのは、その反対側だった。Zip2とPayPalがいくらで売れたかは、ほとんど揺れていない。売った金額を書いたのは、買い手のほうだったからだ。

ここでは、マスクの創業期の数字を、入ってきた金と出ていった金に分けて、それぞれ誰が書いたのかを確かめていく。

1995年の登記から、2008年12月の16億ドルまで

時期出来事出典にある数字書いた人
1995年11月Zip2をGlobal Link Information Networkとして法人化記載なし州の登記記録
1995年3人の元手2,000ドル・5,000ドル・8,000ドル本人の2019年の投稿
1995年父親の資金2万8,000ドル2015年の伝記
1999年2月CompaqがZip2を買収3億500万ドル当時の報道
1999年兄弟の取り分2,200万ドルと1,500万ドル報道
2002年7月eBayがPayPalの取得を発表株式交換で15億ドル買い手の開示
2002年PayPal売却で本人が得た額1億8,000万ドル本人の発言
2006年3月Falcon 1の1回目の打ち上げ失敗打ち上げ記録
2007年3月2回目失敗打ち上げ記録
2008年8月3回目失敗打ち上げ記録
2008年9月4回目初めて軌道に到達打ち上げ記録
2008年12月NASAの補給契約12回の飛行で16億ドル発注者の発表

右端の列を縦に読むと、上のほうに「本人」と「伝記」が並び、下に行くほど「開示」「記録」「発表」に変わっていく。

入口の数字は、3人が別々に語っている

元手の3つの版は、どれも当時の書類ではない。本人の投稿は会社を始めてから24年後、伝記は20年後に出ている。父親が2万8,000ドルを出したという記述を、本人は2017年のRolling Stone誌で否定し、2019年の投稿では、父親が加わったのは後のラウンドで、その約10%だったと書いた。

どの版が正しいかを決める材料は、手元の出典には無い。編集部に言えるのは、創業の元手という一番小さな金額が、一番多くの語り手を持っているということだ。会社が小さいうちは誰も記録を残さず、大きくなってから、それぞれが自分の覚えている額を書く。

出口の数字は、買い手が書いている

PayPalの売却は、2002年7月8日にeBayが出したプレスリリースに、そのまま残っている。株式交換で、PayPal1株につきeBay株0.39株、評価額は7月5日の終値で計算して15億ドル。理由も書いてある。PayPalの事業の約60%がeBayの上で起きていた。PayPalの2002年第2四半期の売上見込みは5,300万〜5,400万ドルだった。

売る側にとって最大の決断の数字が、買う側の書類に、計算の根拠ごと書かれている。上場企業が事業を買えば開示の義務が生じるので、出口の金額は書かれる理由を持っている。入口の元手には、書かれる理由が無い。

Zip2の売却額も、1999年2月の時点で新聞が3億500万ドルと報じている。兄弟の取り分の2,200万ドルと1,500万ドルは報道の数字で、PayPalでの本人の取り分は、手元の出典では本人が語る1億8,000万ドルしか無い。売却の総額は書類にあり、個人の取り分は語りの中にある。

1億8,000万ドルの行き先は、本人の言葉の中にしかない

マスクがPayPalの売却で得た額と、その使い道について広く引用されている発言がある。1億8,000万ドルのうち、SpaceXに1億ドル、Teslaに7,000万ドル、SolarCityに1,000万ドルを入れ、家賃のために金を借りた、という趣旨のものだ。2017年のTEDでのインタビューでの発言として転載されていることが多いが、TEDの公式の書き起こしで文言を確かめることはできなかった。

引用のとおりなら、足すとちょうど1億8,000万ドルになる。手元に残した額はゼロだ。ここからは推測だが、この配分は、売却を事業の終わりではなく、次の会社の資金調達として扱った形に見える。売却は成功の同義語ではない。少なくともこの人の記録では、売却は次の事業の元手を作るための手続きとして並んでいる。

この読みは、人物の評価ではなく、お金の流れ方についての読みだ。1社目の売却益が2社目に入り、2社目の売却益が3社に分かれて入った。その構造は数字だけで追える。

2008年、3回落ちて4回目で上がった

その3社のうち、SpaceXの最初のロケットFalcon 1は、2006年3月、2007年3月、2008年8月と3回続けて失敗している。4回目の2008年9月28日、質量165キロの模擬ペイロードを積んで、初めて軌道に届いた。積んでいたのは顧客の衛星ではなく、重さを合わせただけの塊だった。最初の商業打ち上げは翌2009年7月になる。

Falcon 1の開発費は、NASAの2011年の評価で約9,000万ドル、別の資料では1億ドルとされている。本人が語るSpaceXへの投入額1億ドルと、ほぼ同じ桁にある。

軌道に届いてから3か月後の2008年12月23日、NASAは国際宇宙ステーションへの補給をSpaceXに発注した。Falcon 9でDragonを12回飛ばして16億ドル。当時の報道によれば、この契約の対象になったロケットは、まだ1機も飛んでいなかった。NASAが買ったのは、飛んだ実績ではなく、これから飛ぶという約束だった。SpaceXはこの前に、別の計画で最大2億7,800万ドルの資金をNASAから受けてもいる。

同じ構造は、桁の小さい記録にもある

1社目を売った金で2社目を始める流れは、もっと小さな規模でも記録されている。CyberLeadsの作り手は19個の失敗のあとに20個目を作り、MENTAは30個目の個人開発で株式譲渡に届いた。Streets of Rogueは自己資金1万8,000ドルから始まっている。

違うのは、こちらの記録では元手や失敗の数を、運営した本人が自分で公開していることだ。語り手が1人なので、版が分かれていない。

確かめられたことと、確かめられなかったこと

限界を書いておく。Zip2の元手は3つの版のどれも当時の記録ではなく、どれが正しいかは決められない。Zip2の売却額は当時の報道の数字で、買い手側の開示文書には当たれていない。兄弟の取り分とPayPalでの本人の取り分は、報道か本人の発言で、開示の数字ではない。1億8,000万ドルを3社に分けたという発言は、転載で広く読めるが、元の記録で文言を確かめられていない。

Falcon 1の打ち上げ日と結果、eBayの買収条件、NASAの契約額は、打ち上げ記録や発注者・買い手の公表として残っている。

書類に残るのは、他人が払った金だけだった

並べ終えて残ったのは、記録の偏り方だった。マスクの創業期で書類に残っている数字は、Compaq、eBay、NASAという、外の誰かが払った金ばかりだ。本人が入れた金は、元手の1万5,000ドルも、3社に分けた1億8,000万ドルも、本人か伝記の中にしかない。

払った側には書く理由があり、入れた側には書く理由が無い。だから伝説として語られるのは入れた側の話で、検証できるのは払われた側の話になる。この人の創業期を数字で追うなら、信じてよいのは他人の帳簿のほうだと編集部は考えている。

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本コラムは、Small Startに掲載している事例(すべて出典付きの公開情報)の集計と、公開情報の分析にもとづく編集部の見解です。特定の事業・投資・副業を推奨するものではありません。

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