事例 売却済み

NEOKICK前橋、年間営業利益250万円のジムが300万円で成約。交渉中にトレーナーが辞めた案件を会社員が拾った

年間営業利益約250万円・会員約40名のキックボクシングジムが300万円で成約。会社員の買い手は自己資金で購入し、交渉中に唯一の男性トレーナーが辞めた局面を越えて初月に会員48名まで伸ばした。

執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)

NEOKICK前橋、年間営業利益250万円のジムが300万円で成約。交渉中にトレーナーが辞めた案件を会社員が拾った

譲渡額300万円、年間営業利益は約250万円。この2つの数字だけで、個人が事業を買うときの相場観がひとつ手に入る。回収期間は1年強である。

M&Aプラットフォーム TRANBI が公開している成約者インタビュー(id=115)に載っているのは、群馬県前橋市のキックボクシング×パーソナルジム「NEOKICK前橋」の譲渡だ。買ったのは増岡剛氏。国会議員秘書を4年務めた後、ベンチャー企業の経営に関わり、現在は上場小売企業の経営企画部門で働く会社員である。後継者がいないまま畳まれていく小規模事業を目にしたことが、事業を持つ側に回る動機になったという。

購入資金は自己資金。本人はその感覚を「車を買う感覚」と表現している。300万円という金額は、個人が背伸びせずに動ける範囲に収まっていた。

案件の数字

項目内容
対象事業キックボクシング×パーソナルジム「NEOKICK前橋」(群馬県前橋市)
譲渡額300万円
年間営業利益約250万円
会員数(譲受前)約40名
会員数(譲受後1か月)48名(初月の新規8名)
会員の男女比女性が約9割
売り手元K-1プロ選手。同種のジムを6店舗展開
案件の掲載2022年1月
買い手の探索期間約2年
資金自己資金
譲受後の体制3名(女性トレーナー1名・アルバイト2名)、4名体制を予定

売り手は元K-1のプロ選手で、同じ形態のジムを6店舗持っている。店舗の多くは店長に任せ、自身は新しい挑戦に向かっていた。増岡氏はこの売り手の姿勢を「この事業は自分の中でやりきった。新しい挑戦をしたい」という趣旨で受け止めている。

業績が悪くて手放す案件ではない、という点が重要だ。年間250万円の営業利益が出ている店を、複数店舗を持つ運営者が意図的に切り離している。買い手にとっては、買った翌日から赤字の穴埋めに走らなくてよい状態が引き継げる。

300万円という値付けをどう読むか

年間営業利益250万円に対して300万円、営業利益の1.2年分。数字だけを見れば買い手に有利に見える。ただしこの倍率は、小規模な店舗型M&Aでは珍しいものではない。人的サービス業は買い手が現場に入らなければ回らず、売上が事業ではなく人に紐づいているからだ。

同じ月に紹介した高田馬場の英会話教室が600万円で成約した案件と比べると、この違いがはっきりする。英会話教室のほうは開校9か月・黒字化目前、つまり利益がまだ出ていない状態で600万円が付いた。一方このジムは利益が出ていて300万円。利益の有無と価格が逆転しているのは、価格を決めているのが利益倍率だけではないからだ。売り手の急ぎ具合、競合の数、そして買い手が「何を買っているか」——複数店舗を持つ運営者にとって1店舗の売却は撤退ではなく整理であり、値を吊り上げる動機が薄い。

副業として持つ事業の回収期間という観点では、コインランドリーで回収7〜10年という数字を公開したオーナーの記録が対照になる。無人で回る設備型は手離れが良いかわりに回収が長い。人が現場に立つジムは回収が短いかわりに、人が抜けた瞬間に止まる。

交渉中にトレーナーが辞めた

この案件を教科書的にしているのは、価格ではなく途中で起きたトラブルのほうだ。

交渉の最中、ジムで唯一の男性トレーナーが突然退職した。茨城で独立するためだったという。会員の9割が女性のパーソナルジムで、指導する人間が抜ける。交渉は一時停止した。

ここで売り手が動いた。採用広告の費用を売り手側が負担し、元ヨガインストラクターの女性スタッフを新たに採用した。売り手が自腹で穴を埋めてから引き渡した形である。

小規模M&Aで、契約前に事業の中核人材が抜けるのは破談の典型的な引き金だ。買い手からすれば、買おうとしていたものが目の前で欠けていく。それでも成約に至ったのは、売り手が値引きではなく人員の補充で応じたからだと読める。300万円という金額のまま、引き渡す事業の中身を元に戻した。

増岡氏のデューデリジェンスの姿勢も記録されている。提供された資料を鵜呑みにせず一次資料に当たること、複数回の対面を重ね、体験レッスンを自分で受け、信頼関係を作ってから機微な情報を求めること。そして競合(フィットネスチェーンの運営者など)の存在を意識しながら、早い段階で独占交渉の合意を取り付けて集中したこと。300万円の案件に2年かけて辿り着き、しかもプロセスは省いていない。

譲受後にやったこと

引き継いだ後の施策は、会員数に直結する順で並んでいる。予約枠の間隔に生じていた無駄を詰めて稼働率を上げること。顧客記録を徹底すること。この店として初となるWeb広告の出稿。Instagramの運用。内装のリニューアル。そして退会した元会員への再アプローチ。

結果、初月の新規は8名で、会員は約40名から48名になった。

注目したいのはWeb広告が「初めて」だったという記述だ。元プロ選手が6店舗を運営し、店長に任せて回していた事業には、まだ手を付けていない集客の余白が残っていた。買い手が会社員として経営企画の仕事をしていることを踏まえると、この余白こそが彼の買った理由に近い。現場の技術では売り手に敵わないが、記録・広告・稼働率という管理の領域なら自分の職能が効く。

この事例の限界

インタビューは譲受から間もない時点のもので、継続性はまだ証明されていない。初月の会員48名がその後どうなったかは、この出典からは分からない。

リスクも見えている。トレーナーが1名で回る規模だということ。交渉中に起きたのと同じことが、譲受後に起きない保証はない。譲受後の体制は女性トレーナー1名とアルバイト2名で、4名体制を目指している段階だ。会員の9割が女性という構成も、指導者の性別や相性が継続率に直結しやすい。買い手は男性向けプログラムの開発を計画しているが、これは実行段階の話である。加えて、増岡氏は会社員を続けながらこのジムを持っている。将来的にはドミナント戦略で多店舗展開を構想しているが、1店舗の運営と複数店舗の運営では必要な時間がまったく違う。

この案件が示していること

300万円で年間250万円の利益を生む事業が買える、という事実は魅力的に見える。ただしこの事例が実際に教えているのは、価格の安さではなくその300万円に至るまでの手間のほうだと思う。探索に2年、複数回の対面、体験レッスン、一次資料の確認、独占交渉の取り付け。そして交渉中のトレーナー退職という、価格表には現れない事故。

小さな事業の売買では、値札より「引き渡される中身が契約時点と同じか」のほうが不確実だ。この案件で売り手が採用広告費を負担して人を補充したのは、その不確実性を売り手側で吸収した動きである。買う側にできるのは、その不確実性がどこに潜んでいるかを、契約前に自分の足で確かめておくことくらいしかない。

この記事、スゴいと思ったら

近い規模・近い業種の事例

よく読まれている記事

  1. 1

    Payout、14日で「バイブコーディング」した集団訴訟アプリが9ヶ月でARR $1,003,227。開発費は約$10、伸ばしたのはフォロワー1,000万人の相棒

    直近43人が訪問
  2. 2

    Starter Story、月$91.7Kの起業事例メディアがHubSpotに買収された。「買収すべき」と自分でツイートしてから数ヶ月

    直近35人が訪問
  3. 3

    Instatus、ステータスページ一本でMRR $48K。有料顧客ゼロの「Sup」を捨てて大企業向けに値上げ

    直近23人が訪問
  4. 4

    売上30円から8年。アプリ3本を並行運営して月20万円に届いた個人開発の記録

    直近20人が訪問
  5. 5

    プログラミング学習開始から5年で年461万円。教育系アプリ個人開発、3年分の損益と打ち手の全記録

    直近19人が訪問

新着記事

この記事は、出典として「Small Start(small-start.com)」の明記と本ページへのリンクがあれば、ニュース・ブログ・生成AIの回答などで自由に引用・転載できます(事前連絡は不要です)。 転載・引用について →
この記事が参考になったら、シェアで応援
Xでシェア