大手メーカー管理職が福岡の個別指導塾を承継。決断から約4カ月で退職・契約・代表就任、決め手は初回面談の企画書
大手メーカーの海外事業部門で管理職を務めた鈴木氏(仮名)が、2024年1月にM&Aによる独立を決断。バトンズで事業を探し始めてから約4カ月で退職・M&A契約・代表就任を済ませ、同年8月に福岡市の個別指導塾を承継した。決め手は初回面談に企画書を持参して改善案をプレゼンしたこと。
執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)
事業承継の記事はたいてい「何年かけたか」を語るが、この事例は逆に「どれだけ短くできたか」が主題になっている。大手メーカーの海外事業部門で管理職を務めた鈴木氏(記事では仮名)は、2024年1月にM&Aでの独立を決断し、同年8月には福岡市の個別指導塾の代表に就いた。譲渡額や交渉件数は非公開だが、意思決定から就任までの時間の使い方と、初回面談で何をしたかが具体的に記録されている。
決断から代表就任まで
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 5年以上前 | 独立起業の検討を開始。ただし勤務先は副業禁止で「二足のわらじを履くのは現実的に難しい」と判断 |
| 2024年1月 | M&Aによる独立を決断。複数のM&Aプラットフォームを比較検討したうえでバトンズを選択 |
| 探索開始〜 | 「バトンズに登録して事業を探し始めてからは、約4カ月の間に退職、M&A契約、代表就任という運びとなりました」 |
| 2024年8月 | 福岡市内の個別指導塾「A塾」を譲受、代表に就任 |
| 成約後 約1カ月 | 教室の内装修繕・清掃、不要品の処分、時代と地域に合った集客施策を実施 |
| 2024年10月28日 | 本事例の記事公開 |
譲渡額・交渉件数はいずれも非公開である。
承継したのはどんな塾か
A塾は福岡市内の個別指導塾で、生徒の中心は中学生から高校生。講師の大半が国立大学生で、目の前の受験対策だけでなく、将来を見据えて計画を立てるサービスも提供していた。
鈴木氏が案件を絞り込むにあたって置いた条件は三つある。本人の言葉では「1つ目は、個別指導塾であること。2つ目は、家庭教師や英会話の機能を備えていること。3つ目は、小学生向けに国語や算数などの基本となる教科を教える機能があることです」。
この三条件の立て方には意図が読み取れる。個別指導という形態を指定し、家庭教師・英会話という周辺サービスを持ち、さらに小学生向けの基礎教科まで扱える。つまり承継後に横へ広げられる余地がある塾を選んでいる。実際、本人は「A塾のノウハウを基に、地域内に複数の学習塾を立ち上げていきたい」とし、プログラミングやeスポーツをテーマにした教室の展開も視野に入れている。買う時点で、その後の展開の型が決まっていた。
なぜ新規開校ではなくM&Aだったのか
M&Aを選んだ理由を、鈴木氏は時間で説明している。「新規立ち上げのデメリットは、事業を軌道に載せるまでに時間を要することです。逆に、M&Aは事業を軌道に乗せるまでの時間を短縮することができる」。
このスピード志向は、前職の経験に由来する。「私は大手メーカーの海外事業を担う部門で、工場建設などの新規事業やM&Aに関わってきました。業務の進捗スピードを比べると、日本よりも海外の方が圧倒的に早い」。企業の中でM&Aを実務として扱ってきた人が、同じ道具を個人の独立に転用したかたちになる。
独立の動機そのものは教育にある。大学では教育学部を専攻しており、「子どもたちと教育面で深く関わりたいという想いが強くなりました」という。ただし勤務先は副業禁止で、在職しながら試すことができない。5年以上検討して動けなかったのは、この制約が理由だった。
決定打になったのは、初回面談に持ち込んだ一枚
交渉が急速に進んだきっかけは、はっきりしている。鈴木氏は初回面談の場に企画書を持参し、承継後の改善案をプレゼンした。前代表者はそこで「熱量と本気度」を感じ取り、その後のM&A交渉はスピーディーに進んだ。というのが記事に記録された経緯である。
この一手が効いた理由は、小規模M&Aで売り手が何を見ているかを考えると分かる。譲渡額が非公開である以上、価格勝負だったかどうかは断定できない。しかし後継者不在で手放す個人事業のオーナーにとって、判断材料は「いくら出すか」だけではない。自分が20年育てた教室、通ってくる生徒、雇っている大学生講師が、譲渡後にどう扱われるか。ここに確信が持てないと、売り手は決断できない。
企画書は、その不安に対する回答として機能する。口頭で「大切にします」と言うのと、具体的な改善案を紙に落として初回から出すのとでは、伝わる情報量が違う。前者は誰でも言えるが、後者は事前に事業を調べ、時間を使わなければ作れない。売り手が読み取ったのは改善案の中身以上に、「この人はもう自分の店のことを考えている」という事実だっただろう。
しかも鈴木氏はこれを初回面談で出している。何度か面談を重ねてから提案するのではなく、最初の接触で本気度を可視化したことで、相手が他候補と比較検討する余地が生まれる前に土俵が決まった。「約4カ月で退職・契約・就任」という速度は、この順序と無関係ではない。
承継後に最初にやったこと、そして注意点
成約から約1カ月で行ったのは、教室の内装修繕と清掃、不要品の処分、そして地域に合った集客施策だった。順序に注目したい。集客より先に、掃除と修繕と処分が来ている。裏を返せば、引き継いだ教室はそのまま使える状態ではなかったということだ。後継者不在で譲渡される事業は、直前まで投資が絞られている場合が多い。
鈴木氏自身が挙げた注意点も、そこに連なっている。第一に、対象企業の理念や存在意義に着目すること。「ご自身の根本的な考え方と、相手先の理念がズレていると、上手くいかない確率が高くなります」。第二に、経費の把握。小規模M&Aでは経理システムが不正確な場合があり、「把握できていない経費があるかもしれない」というリスク認識が要る。第三に、仲介会社の手数料と財務状況の詳細確認で、「表面上の数字で見るのではなく、その中身を詳細に確認することが欠かせません」。
なお、承継後の生徒数や売上の変化は公開されていない。この事例が示しているのは「短期間で経営者になれた」ことまでであり、「承継が成功した」ことではない。記事公開は成約の約2カ月後であり、評価にはまだ早い段階の記録である。
再現できる部分、できない部分
移植しにくい条件は明確だ。ひとつは、大手企業でM&Aや新規事業の実務に関わってきた経験。デューデリジェンスや契約の勘所を知っている人と、初めて触れる人では、4カ月というスケジュールの現実味が違う。もうひとつは、退職して収入を断つ判断を支える経済的な基盤である。副業禁止という制約は、裏を返せば「試してから辞める」ができないということで、生活防衛の余力がなければ同じ決断は取れない。教育学部出身という原体験も、業種選定の一貫性を支えているが、後から用意できるものではない。
一方、再現できるものもある。買う条件を「業種」ではなく機能で三つに分解して書き出しておくこと。承継後に横展開できる余地を選定基準に入れること。そして何より、初回面談に改善案を持って行くこと。これは経歴も資金も要らない。事業を調べる時間だけがコストであり、売り手が最も知りたい「この人に任せられるか」への回答としては、最も安価で効果の見込める手段である。
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出典
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