会員約1,500名のダンススクールを数十人の候補から選んで譲渡。転機は「がん検診の結果」だった
大人初心者向けダンススクール「カーネリアン」を25歳・資本金50万円で創業した齊藤あや香氏。2020年のがん検診で高度異形成と診断されたことを機に承継を決断し、数十人の候補者と交渉して未経験の個人に託した。
執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)
創業から会員約1,500名まで育てた事業を、なぜ手放すのか。株式会社カーネリアンの創業者・齊藤あや香氏の答えは、業績でも資金繰りでもなかった。がん検診の結果である。
カーネリアンは東京を中心に、大人の初心者向けダンスレッスンを提供するスクールだ。会員数は約1,500名。齊藤氏は25歳、資本金50万円でこの事業を立ち上げた。そして2020年、がん検診で高度異形成と診断されたことを転機に、事業を譲る決断へと向かう。譲渡先は、ダンススクール経営が未経験の個人だった。金額は非公開である。
創業から承継までの流れ
| 時期・局面 | 出来事 |
|---|---|
| 高校時代〜 | 齊藤氏がダンスを開始。プロのバックダンサーとしてテレビ出演の経験を持つ |
| 大学進学期 | 「うまく踊ることが絶対正義」という業界の風潮に疑問を抱き、段階的にダンスから離れて会社員に |
| 出産後 | 体調不良とママ友のいない状況の中、初心者向けダンスワークショップに参加。ダンスが社交とリフレッシュの手段になることに気づく |
| 25歳 | 資本金50万円で株式会社カーネリアンを設立 |
| 事業成長後 | 大人初心者向けレッスンの会員が約1,500名に |
| 2020年 | がん検診で高度異形成と診断され、初めて「死」を意識。「自分がいなくなったらカーネリアンはなくなってしまう」と考える |
| その後 | 東京大学の死生学研究室に入学。研究に本格的に取り組むため事業承継を決意 |
| 交渉 | 数十人の候補者と交渉。アドバイザーは株式会社ファルコン・キャピタルの立野剛超氏 |
| 2024年5月時点 | 経営コンサルティングに従事する個人・古川氏への承継が成立。段階的な経営移管が進行中 |
「なりたいイメージ」で切ったクラス設計
カーネリアンの独自性は、クラスの切り方にある。一般的なダンススクールはヒップホップ、ジャズ、バレエといった種目別でクラスを構成する。カーネリアンはそこを外し、「なりたいイメージ」別にクラスを設けた。ミュージカル、アニソン、クラブデビュー、K-POP。生徒が思い描く姿を軸に据えたのである。掲げるコンセプトは「楽しく踊って『なりたい自分』になる」。
この設計は、齊藤氏自身の経歴と正確に対応している。彼女はプロのバックダンサーとしてテレビに出演するレベルまで踊った人物だが、その過程で「うまく踊ることが絶対正義」という業界の空気に疑問を持ち、大学進学を機にダンスから離れた。ダンスが好きではない、辛いと自覚したという。
そして出産後、体調不良とママ友がいない状況の中で参加した初心者向けワークショップで、認識が反転する。ダンスは技術を競うものだけでなく、社交とリフレッシュの手段になり得る。「初心者向けレッスンなんて」と思っていた側の人間が、その価値を身をもって知った。
ここが構造的に効いている。上級者の世界を知っている人間が、上級者の評価軸を意図的に捨ててクラスを設計した。種目名で分類すると「どの種目が自分に合うか」を判断できない初心者は入口で止まる。「なりたいイメージ」で分類すれば、ダンス経験ゼロでも自分の行き先を選べる。プロ経験は、指導の質ではなく初心者が何でつまずくかを言語化する能力として使われた。
転機は明確だった——2020年の診断
この事例の転機は特定しやすい。2020年のがん検診である。
齊藤氏はこのとき初めて「死」を意識した。そして考えたのは自分の身体のことだけではなかった。「自分がいなくなったらカーネリアンはなくなってしまう」。会員約1,500名を抱える事業が、創業者一人の健康状態に紐づいている。この事実に直面したことが、承継という選択肢を現実の議題に押し上げた。
その後、齊藤氏は東京大学の死生学研究室に入学する。研究に本格的に取り組むために事業承継を決意した、という順序だ。つまり承継の動機は「撤退」ではなく「移動」である。病気が引き金になったが、行き先は療養ではなく研究だった。
ただし、承継前後の会員数や売上がどう変化したかは公表されていない。この事例で追えるのは意思決定の過程であって、数字の推移ではない。そこは正直に線を引いておく。
譲渡先の選び方——「利益追求型ではないこと」
齊藤氏は数十人の候補者と交渉している。この母数の多さ自体が一つの成功要因だ。譲渡先に求める一番の条件を「生徒やスタッフにとってより良いサービスを提供できる人」と定め、法人か個人かは問わなかった。ただしカーネリアンのビジョンへの共感は必須条件とした。
選ばれた古川氏は、経営コンサルティングに従事する個人事業主で、ダンススクール経営は未経験である。決め手は三つ。本人がダンスを好きであること。スクール運営とビジネスの双方を真剣に考える姿勢があること。そして利益追求型ではない思慮深さがあったこと。
業種経験ではなく価値観で選んでいる。これは合理性を欠く判断に見えるかもしれないが、カーネリアンの競争力の源泉が「初心者を萎縮させない設計思想」にある以上、筋は通っている。効率を優先して上級者向けの収益性の高いクラスに寄せた瞬間、この事業の独自性は失われる。守るべき資産が有形物ではなく設計思想であるとき、買い手の価値観は財務条件と同じ重みを持つ。
齊藤氏は「カーネリアンは、自分が育てた娘みたいな感覚」と表現している。数十人と会って一人を選ぶという手間の掛け方は、この認識と一致する。
何が真似でき、何が真似できないか
再現できるのは、候補者を絞り込む前に母数を大きく取ること、選定基準を「業種経験」ではなく「事業の中核をなす思想を守れるか」で定義すること、そして段階的に経営を移管することだ。カーネリアンでは承継後も段階的な移管が進み、並行してシステムのDX化と新規生徒募集の戦略が動いている。買い手のコンサルティング経験が活きる領域から着手している格好である。
再現できない条件も明確だ。プロのバックダンサーとしての経歴、そこで抱いた業界への違和感、出産後に初心者としてワークショップに参加した体験。この三つが重なって初めて、あのクラス設計は生まれている。後追いで「なりたいイメージ別」だけを模倣しても、初心者の心理を解像度高く言語化できなければ形だけになる。
そして最も再現したくない条件が、承継のきっかけそのものである。齊藤氏は「自分1人で困っているよりも、いろんな人に助けてもらったほうが可能性が広がる」と語り、M&Aを困難時の支援者確保の手段として位置づけている。健康上の異変が起きてから探し始めるのではなく、事業が創業者一人に紐づいている状態そのものを平時のリスクとして扱えるか。この事例が突きつけているのはその一点だ。
あわせて読みたい
出典
本記事は上記の公開情報の要約と独自分析です。 詳細は必ず出典をご確認ください。
この記事は、出典として「Small Start(small-start.com)」の明記と本ページへのリンクがあれば、ニュース・ブログ・生成AIの回答などで自由に引用・転載できます(事前連絡は不要です)。 転載・引用について →
近い規模・近い業種の事例
よく読まれている記事
新着記事
- 2026年9月1日
CyberLeads、19個の失敗の次に31日で作った「調達企業リスト販売」が月$53.7K。無料ニュースレターが営業装置
- 2026年9月1日
サウナイキタイ、趣味で始めた検索サイトが2期目売上約7,288万円。社員ゼロ・月370円「定員制サブスク」の設計
- 2026年8月31日
SEObot、AIが記事を書くSaaSがMRR $46K・累計$1.8M。数字の出どころはStripe連携の公開ダッシュボード
- 2026年8月31日
Feather、「Notionで書いてブログにする」SaaSを創業2年・$250Kで売却。買い手はTweet Hunterを売ったTibo
- 2026年8月27日
GummySearch、MRR $35Kの黒字のまま閉鎖を選んだRedditリサーチSaaS。API商用ライセンスが取れなかった4年



