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280blocker、営業利益2,700万円の個人開発アプリに3.77億円——闘病を機に上場企業へ渡った広告ブロッカー

iOS広告ブロックアプリ「280blocker」は2021年8月、上場企業トビラシステムズに3億7,700万円で譲渡された。適時開示ベースの売上高は3,800万円・営業利益2,700万円で、値付けは年間営業利益の約14倍。有料年間ランキング3年連続1位の個人開発アプリは、開発者の闘病を機に会社へ渡った。

執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)

280blocker、営業利益2,700万円の個人開発アプリに3.77億円——闘病を機に上場企業へ渡った広告ブロッカー

個人開発のiOSアプリに、3億7,700万円の値が付いた。2021年8月31日、迷惑電話フィルタサービスを手がける上場企業トビラシステムズは、広告ブロックアプリ「280blocker(コンテンツブロッカー280)」を運営する合同会社280blockerの全持分を取得すると発表した。M&A Onlineが適時開示を基に伝えたところでは、取得価額は3億7,700万円。対象会社の売上高は3,800万円、営業利益は2,700万円、純資産は1,900万円だった。

数字を並べ直すと、この案件の特異さが見えてくる。売上高に対する営業利益率は約71%。取得価額は年間営業利益の約14倍、純資産の約20倍にあたる。そしてこの事業を6年間つくり、運営してきたのは、たった1人の個人開発者だ。

280blockerは、iPhoneのSafariに表示される広告を非表示にする買い切り型のコンテンツブロッカーで、価格は500円。トビラシステムズのプレスリリースによれば、App Storeの全有料アプリを対象とした年間ランキングで2017年から3年連続1位を獲得し、ユーザー評価は★4.9。日本の有料アプリ市場で、文字どおり頂点に立ち続けたアプリだった。

時系列の整理

  • 2015年頃: 開発者の280氏が、不適切な広告からユーザーを守ることを目的に個人で広告ブロックサービスの運営を開始(譲渡時点のリリースに「6年間にわたり個人で運営」とある)
  • 2017〜2019年: App Store全有料アプリの年間ランキングで3年連続1位
  • 2021年前半: 開発者が体調を崩し、入院しながら作業を続ける状態に
  • 2021年8月31日: トビラシステムズが合同会社280blockerの全持分を取得すると発表。取得価額3億7,700万円
  • 2021年10月26日: 同社を吸収合併し、トビラシステムズ本体へ統合

開示された数字を整理すると次のようになる。

項目数字
取得価額3億7,700万円
売上高3,800万円
営業利益2,700万円(利益率約71%)
純資産1,900万円
取得価額÷営業利益約14倍
取得価額÷純資産約20倍
アプリ価格500円(買い切り)

買い切り500円という価格から単純計算すると、年間7万本超が売れ続けていた計算になる。広告収益もサブスクもない「売り切り」の有料アプリが、この規模の売上を毎年立て続けていたこと自体、日本のApp Storeでは希少な存在だ。

3.77億円という値付けをどう読むか

営業利益2,700万円に対して3.77億円。年間利益の約14倍という倍率は、個人開発アプリの相対(あいたい)売買としてはかなり高い。記録してきた日本の個人開発イグジット(たとえばソロ開発のゲーム『8番出口』関連の1.4億円の事例や、個人開発から上場企業グループへ渡ったZennの譲渡)と並べても、金額・倍率ともに最大級の部類に入る。

倍率を押し上げた要因は、買い手の戦略にある。トビラシステムズは迷惑電話・迷惑SMSのフィルタリングを本業とする会社で、このM&Aは中期経営計画に掲げた「M&A戦略による非連続の成長」の第1号案件だった。プレスリリースは、280blockerの取得により「迷惑電話・SMS対策に加え、Web閲覧時の迷惑Web広告対策までの全方位をカバーできる」ことを狙いとして明記している。つまり買われたのは目先のキャッシュフローだけではなく、「迷惑情報フィルタ」というポートフォリオの欠けたピースだ。汎用の事業売買マーケットに出して値踏みされるのではなく、この資産を最も高く評価する特定の買い手に直接渡ったことが、14倍という数字の正体だと編集部は見ている。

もうひとつ見逃せないのは、ランキング実績の資産性だ。単発のヒットではなく「3年連続1位」という継続の証明は、属人的な個人開発アプリにつきまとう「来年も売れるのか」という買い手の不安を、実績の側から打ち消す。個人開発の売却案件で価格がつかない典型的な理由は将来の不確実性であり、280blockerはそれを覆す反例になった。

譲渡の引き金は開発者の闘病だった

この譲渡は、成長戦略の帰結というより、継続性の危機への対応だった。ScanNetSecurityの報道によれば、開発者の280氏は発表の数か月前に体調を崩し、入院しながら作業を続け、発表時点でも治療中。「安定的にアプリ運営を継続する方法を検討した結果、トビラシステムズに譲渡する結論に至った」という。プレスリリースに寄せたコメントでは、小規模運営の日々について「安定して長期間サービスを継続できるか、ずっと不安でした」とも明かしている。

広告ブロッカーは「作って終わり」のソフトウェアではない。ブロック対象のフィルタは新しい広告手法に合わせて更新し続ける必要があり、開発が止まれば製品価値は静かに劣化していく。1人運営の最大のリスクである「開発者に何かあったら終わる」という構造が現実になりかけたとき、上場企業への譲渡はユーザーへのサービス継続を守る手段でもあった。

リスクの角度

280blockerの構造には、高利益率と裏腹の脆さもある。第一に、Safariのコンテンツブロッカーという仕組みはAppleのAPI仕様に全面依存しており、プラットフォーム側の方針変更が事業の前提を揺るがしうる。第二に、上で見たとおり1人体制の継続性リスク。これは倍率を割り引く要因になってもおかしくなかったが、本件では買い手側に開発を引き継ぐ体制があったため、値崩れせずに着地した。個人開発の売却で「誰に売るか」が価格を決めるという意味で、匿名質問サービスPeingがジラフへ渡った事例とも通じる構図だ。

再現の条件と限界

この事例から一般化できるのは、「継続性を証明できる実績(更新履歴、ランキングの継続、安定した売上)が、個人開発アプリの企業価値そのものになる」という点だ。App Storeの順位という第三者が検証できる指標が、監査済み財務諸表の乏しい個人事業の信用を補完した。

一方で、営業利益14倍という倍率をそのまま期待するのは危うい。280blockerの価格には、迷惑情報フィルタ事業を広げたい特定の買い手による戦略プレミアムが乗っている。同じ利益水準でも、シナジーを持つ買い手が現れなければこの値は付かない。また「有料買い切りアプリで年間ランキング1位を3年続ける」という前提条件自体が、そもそも再現困難な希少事象であることは付記しておくべきだろう。個人開発者が学べるのは金額ではなく、病気や事故が起きる前に事業を引き継げる形(法人化、資産の整理、実績の可視化)を整えておくことの価値だ。

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