売却額は月商の何ヶ月分か — 公開20件の中央値は25ヶ月、日本と海外で4倍差
売却額と月商の両方が公開されている成約20件で「月商の何ヶ月分で売れたか」を集計した。中央値は約25ヶ月。ただし日本の中央値は7.8ヶ月、海外は29.3ヶ月と4倍近く離れている。倍率を動かしているのは国境ではなく、収益の再現性だった。
執筆: Small Start 編集部(掲載事例の集計+公開情報の分析)
売却額そのものの分布は以前のコラムで出した。中央値3,000万円、上と下で桁が4つ違う——という結果だったが、あの数字だけでは「自分の事業ならいくらか」という物差しにはならない。売却額は事業の規模に比例するからだ。規模の影響を消すには、売却額を月商で割って「何ヶ月分で売れたか」に直すのが手っ取り早い。
2026年8月17日時点の掲載346事例のうち売却事例は160件。そのうち売却額と月商の両方が実額で公開されているものは20件しかない。少ないが、出典付きの実額だけでこの倍率を並べられる場所は他にあまりないので、分布を出してみる。
20件の倍率分布(売却額÷月商)
| 位置 | 倍率(月数換算) |
|---|---|
| 最小 | 6.3ヶ月 |
| 下位25% | 11.0ヶ月 |
| 中央値 | 約25ヶ月 |
| 上位25% | 約40ヶ月 |
| 最大 | 317ヶ月 |
中央値は約25ヶ月。月商の2年分あまりで手を打っている計算になる。ただしこの数字を眺める前に、ひとつ断っておくべきことがある。これは利益ではなく売上(月商)に対する倍率だ。売買の実務では月間利益への倍率で語られることが多いが、掲載事例で売却額と月間利益の両方を公開しているものは1件しかなく、利益ベースの分布はまだ出せない。月商ベースの倍率は、利益率が高い事業ほど同じ「25ヶ月」でも中身が濃くなる。
日本7.8ヶ月、海外29.3ヶ月
この20件を地域で割ると、はっきり割れる。
| 地域 | 件数 | 倍率の中央値 |
|---|---|---|
| 日本 | 6件 | 7.8ヶ月 |
| 海外 | 14件 | 29.3ヶ月 |
4倍近い差だが、これを「日本の買い手は安く買い叩く」と読むのは短絡で、売られている事業の種類が違うというのが実態に近い。事業種別で倍率を割ると次のようになる(3件以上ある種別のみ)。
| 事業種別 | 件数 | 倍率の中央値 |
|---|---|---|
| YouTubeチャンネル | 4件 | 9.7ヶ月 |
| コンテンツ販売 | 3件 | 36.0ヶ月 |
| SaaS | 4件 | 44.3ヶ月 |
日本の公開案件はマーケットプレイス経由のYouTubeチャンネルやEC・アプリの小型譲渡が中心で、これらは投稿や仕入れを止めれば収益も止まる「フロー型」だ。買い手はその不確かさを織り込んで、月商の6〜10ヶ月分あたりに値を付ける。しかもYouTubeチャンネルは前の運営者の作風で登録者が付いており、引き継いだ瞬間から属人性のリスクを買い手が背負う。一方、海外の公開案件はSaaSと継続課金メディアが中心で、解約されない限り収益が続く「ストック型」。同じ月商100万円でも、来月も100万円入る見込みの強さが違う。倍率とは、収益の再現性に付く値段である。というのが20件を並べたときの一番の読みだ。
半数は「1〜3年分」に収まる
分布の中央部に戻ると、20件のうち半数は11ヶ月から40ヶ月。おおむね月商の1年分から3年強のあいだに入っている。月商100万円の事業に当てはめて言い換えれば、下位25%の水準で1,100万円、中央値で約2,500万円、上位25%で約4,000万円という幅になる(観測値の言い換えであって、査定の目安ではない)。
利益ベースへの引き直しも頭に置いておきたい。たとえば利益率50%の事業が月商の8ヶ月分で売れたなら、それは月間利益の16ヶ月分に相当する。日本の中央値7.8ヶ月という数字は、掲載してきた小型案件の売買で繰り返し観測される「月間利益の1〜2年分」という水準と、利益率を挟めばおおむね整合する。月商ベースの倍率が低く見えるのは、分母が売上で大きいからでもある。
倍率が壊れるとき
分布の端には、この物差しが効かなくなった取引が並ぶ。
最小の6.3ヶ月は外注化済みのアパレルECで、216万円での成約。マーケットプレイスの小型案件は、買い手が個人で資金も検討時間も限られるため、価格が保守的に収束しやすい。
反対側では、AppArmorが69ヶ月分。大学キャンパス安全アプリという解約されにくい顧客基盤に複数の買い手が付き、競争入札が倍率を押し上げた。WalkManは月商わずか300ドルのニュースレターが68ヶ月分で成約したが、これは収益ではなく9.2万人の購読者リストに値が付いた例だ。そして最大の317ヶ月。Really Good Emailsは年商の26倍で売れた。買い手のAWeberが買ったのは売上ではなく、メールデザイナーというニッチの独占的なオーディエンスだった。
つまり倍率が2桁後半から3桁に跳ぶのは、買い手が損益計算書の外にあるもの(リスト、コミュニティ、独占的なポジション)を買うときだ。逆に言えば、収益だけを売る事業は、月商の1〜4年分というレンジからそう遠くへは行かない。
8割の取引は倍率を語らない
見落とせないのは、売却事例160件のうち140件。約9割は、売却額か月商のどちらか(または両方)を伏せているという事実だ。公開されるのは、売り手に公開のインセンティブがある取引に限られる。次の事業の実績として語りたい創業者、透明性を売りにしてきたニュースレターやSaaS、成約実績を見せたいマーケットプレイス。逆に、想定より安く手放した取引や、買い手がNDAを求めた大型案件は数字ごと沈む。つまりこの20件は「語られることを選ばれた20件」であり、実際の分布はここより広く、おそらく下にも厚い。
集計方法と限界
母集団は本メディアの掲載事例のみで、市場全体の統計ではない。倍率が高い取引ほど「語られやすい」ため、分布は上に偏っている可能性が高い。n=20と小さく、地域別・種別別はさらに小さいので、中央値は「相場」ではなく「観測値」として読んでほしい。海外事例の金額は1ドル150円で円換算しており、倍率の計算には為替の影響はない(分子と分母が同じ通貨のため)。また本メディアには売却額100万円以下の案件を掲載しない基準があり、最小側は切り落とされている。各数値の定義はデータ集計ページの「数字の読み方」を正とする。
売却のルート別の内訳は別のコラムに、売却額そのものの分布はこちらにまとめている。個別の売却事例は事業売却・スモールM&Aの事例一覧から辿れる。
出典
本記事は上記の公開情報の要約と独自分析です。 詳細は必ず出典をご確認ください。
本コラムは、Small Startに掲載している事例(すべて出典付きの公開情報)の集計と、公開情報の分析にもとづく編集部の見解です。特定の事業・投資・副業を推奨するものではありません。
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