コラム

売却額はいくらが「普通」なのか — 掲載168件の売却事例から相場の分布を出す

掲載中の売却事例168件のうち、金額が公開されている37件を集計した。中央値は3,000万円、下位25%は300万円、上位25%は6億円超。桁が違う世界が同じ「事業売却」という言葉で語られている。

執筆: Small Start 編集部(掲載事例の集計+公開情報の分析)

売却額はいくらが「普通」なのか — 掲載168件の売却事例から相場の分布を出す

「個人の事業はいくらで売れるのか」という問いに、相場を答えるのは難しい。売却額は非公開になることが多く、公開される案件は「言いたくなる金額」に偏るからだ。それでも、出典付きの事例を積み上げていくと分布のかたちは見えてくる。集計は2026年8月12日時点の掲載337事例(売却168件・運営中165件)にもとづき、ここではそのうち売却事例168件から、金額が具体的に公開されている37件を取り出した。

37件の分布

位置売却額
最小120万円
下位25%(第1四分位)300万円
中央値3,000万円
上位25%(第3四分位)6億円
最大48億円

1億円以上が14件、1,000万円未満が13件。同じ「事業売却」という言葉の中に、300万円の世界と数十億円の世界が同居していることが、この分布のいちばん重要な点だ。相場を1つの数字で語ること自体に無理がある。

なぜ二極化するのか

分布を割ると、金額帯によって買い手の種類が明確に変わる。

数百万円帯は、個人が個人から買う市場だ。サイト売買プラットフォームやマイクロM&Aのマーケットプレイスが機能し、買い手は「自分で運営する人」。評価は月間利益の12〜24ヶ月分あたりに落ち着き、事業の将来性より「引き継げるか」が価格を決める。

数千万〜1億円帯は、事業会社やSaaS買収専業のホールディングスが登場する層だ。saas.groupやSureSwift Capitalのような常設の買い手がこの帯を担い、評価は年間売上の3〜6倍が目安になる。ここから先は「引き継げるか」ではなく「自社の顧客基盤に載せて伸ばせるか」が価格を決める。

数億円以上になると、上場企業や大手グループの戦略的買収になる。買っているのは収益ではなく、市場でのポジション・データ資産・チームそのものであることが多い。売上倍率という物差しが効かなくなり、「その資産を自前で作るといくらかかるか」との比較で値が付く。

この数字を読むときの注意

第一に、生存者バイアスがある。売却額を公表するのは、多くの場合それが誇れる数字だったときだ。安く売った案件・売れずに畳んだ案件は記録に残りにくいから、この分布は実際より上振れしている可能性が高い。

金額非公開が多数派という事情も重なる。本メディアの売却事例168件のうち、具体的な金額が判明しているのは37件で、残る131件は金額非公開である。日本の事業承継案件では特に非公開が標準で、金額のわかる案件だけを集めると海外SaaSに偏る。

加えて、円換算の歪みがある。海外事例は1ドル150円で換算しており、為替が動けば見え方が変わる。金額の比較は同じ通貨圏の中で行うのが安全だ。

「倍率」で見たほうが実用的な理由

絶対額よりも実務で使えるのは倍率だ。月間利益の何ヶ月分か、年間売上の何倍か。掲載事例では、ScrapingBeeが年商$5Mから8桁ドル・全額現金で売れた一方、AIの逆風にさらされたSEOツールは売上の2.5倍にとどまった。同じ「SaaSの売却」でも、成長が続いているか、テーマに追い風があるかで倍率は倍以上動く。

つまり売り手にとっての実務は、絶対額の相場を探すことではなく、自分の事業がどの帯にいて、その帯の買い手が何を見て値をつけるかを知ることにある。数百万円帯なら「引き継ぎやすさ」、数千万円帯なら「顧客基盤との適合」、数億円帯なら「自前で作るより買ったほうが速いと思わせる資産」——見るべき変数が帯ごとに違う。

帯ごとの「売り方」の違い

分布を見たあとに実務へ落とすなら、自分がどの帯にいるかで準備が変わる点を押さえておきたい。

数百万円帯で売るなら、買い手は運営を引き継ぐ個人だ。彼らが最も恐れるのは「引き継いだ瞬間に壊れること」で、したがって価値を高める作業は収益を伸ばすことより運用の言語化になる。手順書、アカウント一覧、収益の内訳、季節変動の説明。掲載事例では、譲渡後サポートを条件に付けたことで下降トレンドの案件が希望価格を維持した記録がある。

数千万円帯なら、買い手は事業会社かホールディングスだ。ここで効くのは数字の整備である。月次のMRR推移、解約率、顧客構成、チャネル別の獲得数。これらが即答できる事業は、デューデリジェンスが短く済むぶん高く評価される。逆に「だいたい月◯万円くらい」という状態では、買い手はリスク分を値引きする。

数億円帯になると、価格は交渉の技術より事業のポジションで決まる。この帯に到達した事例に共通するのは、買い手にとって「自前で作ると3年かかる」と思わせる資産(独占的なデータ、業界内の信頼、検索面の支配)を持っていたことだ。

中央値3,000万円が意味すること

この数字を「個人事業の到達点」と読むと少し楽観的すぎる。母数37件のうち、日本の個人が現実的に狙える帯(数百万〜数千万円)に入るのは半数程度で、上位は海外SaaSやメディアグループの取引である。

とはいえ、3,000万円という中央値が示す事実は重い。会社員が数年かけて貯める金額を、事業の売却という一度の取引で得ている人が、掲載事例の中だけで何十人もいる。しかもその多くは、従業員を雇わず、外部資金も入れていない。事業を「畳むか続けるか」の二択で考えている限り、この選択肢は視界に入らない。

集計の前提

本コラムの数字は、本メディアに掲載している売却事例(いずれも出典を明示した公開情報にもとづく)のうち、売却額が具体的な金額として公開されている37件を対象にした。売却額100万円以下の案件は掲載基準として扱っていないため、分布は最小の120万円から始まっている。レンジ表記(「6桁ドル」など)のみの案件は、中央値の計算からは除外している。

出典

本記事は上記の公開情報の要約と独自分析です。 詳細は必ず出典をご確認ください。

本コラムは、Small Startに掲載している事例(すべて出典付きの公開情報)の集計と、公開情報の分析にもとづく編集部の見解です。特定の事業・投資・副業を推奨するものではありません。

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