Cydoc、医師が7年かけたヘルスAIは有料顧客4社で止まった。公開された調達$265Kと年商$27,900
MD/PhDを持つ医師が一人で7年4ヶ月続けたヘルスケアAI「Cydoc」の終了記録。家族・友人から$265Kを調達し、2024年の収益は$27,900。有料顧客は4社で、うち3社が離脱した。
執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)
月商34.9万円は、月商を公開している掲載227件のうち下から26%。掲載全体の月商中央値は157万円です(データ集計)。
医師免許とPhDを持つ研究者が、診療の問診と記録を自動化するAIを一人で7年4ヶ月つくり続け、2025年8月に畳んだ。創業者はその半年後、失敗の理由を9項目に整理して公開している。個人開発のヘルスケアSaaSが、どの数字でどう詰んだのかを追える珍しい記録なので、公開された数字をそのまま並べる。
数字で見た7年4ヶ月
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 運営期間 | 2018年4月〜2025年8月(7年4ヶ月) |
| 体制 | 創業者1人(MD/PhD) |
| 初期の元手 | 創業者自身の年俸 $35,000 |
| 外部調達 | $265,000(家族・友人・医師から、2023〜2024年) |
| 公的グラント | $50,000(NC IDEA SEED、2025年末) |
| 初売上 | $190.36(2023年12月22日、Stripe手数料控除後) |
| 2024年の収益 | $27,900(サブスク $4,200 + 受託開発 $23,700) |
| 有料顧客 | 4社 |
| 想定価格 | 医師1人あたり月$100未満 |
| 原価 | 医師1人あたり月$70前後(ホスティング+AI利用料) |
円換算にすると、2024年の年間収益は約419万円、月平均で約35万円。調達額は約3,975万円にあたる。7年で入れた資金より、1年で立った売上のほうが1桁小さいという構図がそのまま残っている。
売上の内訳が示していたこと
2024年の$27,900のうち、サブスクリプションは$4,200しかない。残りの$23,700は受託開発である。プロダクトとして繰り返し課金されている部分は、全体の15%だった。
さらに価格と原価の関係も厳しい。小規模診療所が払える上限は医師1人あたり月$100未満で、ホスティングとAIの原価が月$70前後。粗利は月$30程度しか残らない。この単価で固定費と開発時間を回収するには、顧客数が2桁3桁のオーダーで必要になるが、実際に有料化できたのは4社だった。しかもそのうち3社が、利用停止か支払い停止に至っている。
最初の1年半、誰にも聞かなかった
創業者が挙げた失敗のうち、本人が最上位に置いているのは顧客発見の遅れである。当初は医学生向けの学習ツールとして構想し、その仮説を1年以上手放さなかった。意味のあるヒアリングを始めたのは、その仮説が実行不可能と判明したあとだった。
その後、対象を診療所に切り替えて本格的な営業を始めたのが2023年。**創業から営業開始まで5年近く空いている。**初売上$190.36が立ったのが2023年12月であることを踏まえると、7年4ヶ月のうち収益が存在した期間は2年に満たない。
技術面では成果が出ていた。HIPAA準拠のWeb/iOS/Androidアプリ、知識グラフによる自動問診、Claude と Deepgram を使ったAI書記機能、米国特許2件。医学生18名を対象にした研究では1訪問あたり11分の短縮を実証し、実際の顧客も10分の短縮を報告している。効果は証明できていた。それでも売れなかった。
効かなかった打ち手
創業者が「うまくいかなかった」と明記しているものを拾うと、性質がはっきり分かれる。
ひとつは、AI書記機能を足せば営業が楽になるという期待である。当時流行していた機能を載せれば引き合いが増えると考えたが、増えなかった。本人はこれを「営業とマーケティングという苦手な領域を避けるために機能を足していた」と振り返っている。
もうひとつは、EHR(電子カルテ)との統合を後回しにしたこと。スタンドアロンのツールとして提供したため、導入する側は既存の業務フローを変える必要があった。効果が10分あっても、行動を変えるコストのほうが先に立つ。
3つ目は、受託開発の契約設計。心理系の診療所と月$5,000規模の契約を見込んだが、実際に使う人数が想定を大きく下回り、赤字案件になった。47人のセラピストが在籍する組織でも、実利用者は少数だった。
営業人材の採用も試みたが機能しなかった。ソロファウンダーが経営者・CTO・営業責任者を兼ねる構造のまま、営業に時間を割けなかったことを本人は構造的な失敗として挙げている。
掲載事例の中での位置
本メディアが掲載している事例のうち、SaaSに分類され月商が公開されているものの中央値は約902.5万円である。Cydocの月平均約35万円は、その25分の1にあたる。7年かけて到達したのは、掲載SaaS事例の下位に入る水準だった。
この比較には注意が要る。中央値を作っている側は「数字を公開する気になった運営者」であり、うまくいった事業に偏る。Cydocのように、公開のきっかけが撤退だったケースはめったに集計に入らない。**本来の分母には、7年で月35万円に届かなかった事業のほうが多いはずで、それが見えていない。**この事例は、その見えていない側を1件だけ可視化したものだと読める。
受託85%という構成が意味していたもの
もう一段掘ると、2024年の売上構成が問題の核にあった。受託開発$23,700は、確実に入る売上である。手を動かせば入る。一方、サブスク$4,200は、プロダクトが勝手に生む売上だ。
**受託は時間を売る商売で、SaaSは資産を売る商売である。**この2つを同じ人間が同時に持つと、短期の資金繰りは受託が支え、その分プロダクトに向ける時間が削られる。時間が削られればサブスクは伸びず、翌年も受託で埋めることになる。心理系診療所との月$5,000規模の契約が赤字案件になったことは、この構造の中で起きている。
創業から営業開始まで5年空いたことと、この構成は無関係ではない。**営業に踏み込むのが遅れた5年のあいだ、事業を延命させたのは自己資金と、のちには家族・友人からの$265,000だった。**外部資本が入ったことで走る期間は伸びたが、伸びた時間は顧客発見ではなく開発に使われている。
この記録から一般化できること・できないこと
他の市場にも当てはまるのは、単価の上限と原価が先に決まっている市場では、顧客数の必要量が最初から計算できるという点だ。月$100未満・原価$70という条件は、営業を始める前に分かっていた数字である。7年のうちどこかでこの計算を突きつけていれば、判断は変わり得た。
当てはまらないのは、規制産業という条件である。医療は導入の意思決定が遅く、統合先(EHR)を握る事業者の影響が大きい。同じ「作ってから顧客を探した」失敗でも、Product Huntやコミュニティに出して反応を見てから作り込んだ開発者が6ヶ月で月商2.3万ドルに届いた事例のような速いフィードバックループは、この領域では回しにくい。
もうひとつ注意したいのは、この記録が「失敗」として公開されているからこそ数字が揃っているという点である。本メディアに掲載している事例の多くは、うまくいった側が公開したものだ。1週間で$150Kを稼いだAvatar AIを、勝ち筋を捨てて自ら畳んだLevels氏の判断のように、数字が出たうえで止める例と、Cydocのように数字が出ないまま7年続いた例では、同じ「撤退」でも意味が違う。
創業者は現在、この7年で得た技術と知見を別の形で使う道を選んでいる。特許2件とHIPAA準拠の基盤は残った。7年4ヶ月と$265,000で買ったのは、事業ではなく、この9項目の失敗リストだったと読むこともできる。
出典
本記事は上記の公開情報の要約と独自分析です。 「報道」は他メディアが取材・整理した記事で、数字はその報道時点のものです。 詳細は必ず出典をご確認ください。
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